くち》は珊瑚《さんご》の薄紅《うすくれない》。
「哥太寛《こたいかん》も餞別《せんべつ》しました、金銀づくりの脇差《わきざし》を、片手に、」と、肱《ひじ》を張つたが、撓々《たよたよ》と成つて、紫《むらさき》の切《きれ》も乱るゝまゝに、弛《ゆる》き博多の伊達巻《だてまき》へ。
 肩を斜めに前へ落すと、袖《そで》の上へ、腕《かいな》が辷《すべ》つた、……月が投げたるダリヤの大輪《おおりん》、白々《しろじろ》と、揺れながら戯《たわむ》れかゝる、羽交《はがい》の下を、軽く手に受け、清《すず》しい目を、熟《じっ》と合はせて、
「……あら嬉しや!三千日《さんぜんにち》の夜あけ方、和蘭陀《オランダ》の黒船《くろふね》に、旭《あさひ》を載せた鸚鵡《おうむ》の緋の色。めでたく筑前《ちくぜん》へ帰つたんです――
 お聞きよ此を! 今、現在、私のために、荒浪《あらなみ》に漂つて、蕃蛇剌馬《ばんじゃらあまん》に辛苦すると同じやうな少《わか》い人があつたらね、――お前は何と云ふの!何と言ふの?
 私は、其が聞きたいの、聞きたいの、聞きたいの、……たとへばだよ……お前さんの一言《ひとこと》で、運命が極《きま》ると
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