れから豊前《ぶぜん》へ廻つて、中津《なかつ》の米を江戸へ積んで、江戸から奥州へ渡つて、又青森から津軽藩の米を託《ことづか》つて、一度品川まで戻つた処《ところ》、更《あらた》めて津軽の材木を積むために、奥州へ下《くだ》つたんです――其の内、年号は明和《めいわ》と成る……元年|申《さる》の七月八日、材木を積済《つみす》まして、立火《たつび》の小泊《こどまり》から帆を開《ひら》いて、順風に沖へ走り出した時、一|人《にん》、櫓《やぐら》から倒《さかさま》に落ちて死んだのがあつたんです、此があやかしの憑《つ》いたはじめなのよ。
 南部の才浦《さいうら》と云ふ処《ところ》で、七日《なぬか》ばかり風待《かざまち》をして居た内に、長八《ちょうはち》と云ふ若い男が、船宿《ふなやど》小宿《こやど》の娘と馴染《なじ》んで、明日《あす》は出帆《しゅっぱん》、と云ふ前の晩、手に手を取つて、行方も知れず……一寸《ちょいと》……駈落《かけおち》をして了《しま》つたんだわ!」
 ふと蓮葉《はすは》に、ものを言つて、夫人はすつと立つて、対丈《ついたけ》に、黒人《くろんぼ》の西瓜《すいか》を避けつゝ、鸚鵡の籠《かご》をコ
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