の方にして……卓子《テエブル》の其の周囲《まわり》は、却《かえ》つて寂然《ひっそり》となりました。
 たゞ、和蘭陀《オランダ》の貴公子の、先刻《さっき》から娘に通はす碧《あい》を湛《たた》へた目の美しさ。
 はじめて鸚鵡に見返して、此の言葉よ、此の言葉よ!日本、と真前《まっさき》に云ひましたとさ。」

        五

「真個《まったく》、其の言《ことば》に違はないもんですから、主人も、客も、座を正して、其のいはれを聞かうと云つたの。
 ――港で待つよ――
 深夜に、可恐《おそろし》い黄金蛇《こがねへび》の、カラ/\と這《は》ふ時は、[#「、」は底本では「、、」]土蛮《どばん》でさへ、誰も皆耳を塞《ふさ》ぐ……其の時には何《ど》うか知らない……そんな果敢《はかな》い、一生|奴隷《どれい》に買はれた身だのに、一度も泣いた事を見ないと云ふ、日本の其の少《わか》い人は、今|其《そ》の鸚鵡の一言《ひとこと》を聞くか聞かないに、槍《やり》をそばめた手も恥かしい、ばつたり床《ゆか》に、俯向《うつむ》けに倒れて潸々《さめざめ》と泣くんです。
 お嬢さんは、伸上《のびあが》るやうに見えたの。
 涙
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