せたまゝ、気に入りの小間使さへ遠ざけて、ハタと扉《ひらき》を閉《とざ》した音が、谺《こだま》するまで響いたのであつた。
 夫人は、さて唯《ただ》一人、壁に寄せた塗棚《ぬりだな》に据置《すえお》いた、籠《かご》の中なる、雪衣《せつい》の鸚鵡《おうむ》と、差向《さしむか》ひに居るのである。
「御機嫌よう、ほゝゝ、」
 と莟《つぼみ》を含んだ趣《おもむき》して、鸚鵡の雪に照添《てりそ》ふ唇……
 籠は上に、棚の丈《たけ》稍《やや》高ければ、打仰《うちあお》ぐやうにした、眉《まゆ》の優しさ。鬢《びん》の毛はひた/\と、羽織の襟《えり》に着きながら、肩も頸《うなじ》も細かつた。
「まあ、挨拶《あいさつ》もしないで、……黙然《だんまり》さん。お澄ましですこと。……あゝ、此の間《あいだ》、鳩《はと》にばツかり構つて居たから、お前さん、一寸《ちょいと》お冠《かんむり》が曲りましたね。」
 此の五日《いつか》六日《むいか》、心持《こころもち》煩《わずら》はしければとて、客にも逢《あ》はず、二階の一室《ひとま》に籠りツ切《きり》、で、寝起《ねおき》の隙《ひま》には、裏庭の松の梢《こずえ》高き、城のもの見のやうな窓から、雲と水色の空とを観《み》ながら、徒然《つれづれ》にさしまねいて、蒼空《あおぞら》を舞ふ遠方《おちかた》の伽藍《がらん》の鳩を呼んだ。――真白なのは、掌《てのひら》へ、紫《むらさき》なるは、かへして、指環の紅玉《ルビイ》の輝く甲《こう》へ、朱鷺色《ときいろ》と黄の脚《あし》して、軽く来て留《とま》るまでに馴《な》れたのであつた。
「それ/\、お冠の通り、嘴《くちばし》が曲つて来ました。目をくる/\……でも、矢張《やっぱ》り可愛《かわい》いねえ。」
 と艶麗《あでやか》に打傾《うちかたむ》き、
「其の替り、今ね、寝ながら本を読んで居て、面白い事があつたから、お話をして上げようと思つて、故々《わざわざ》遊びに来たんぢやないか。途中が寒かつたよ。」
 と、犇《ひし》と合はせた、両袖《りょうそで》堅《かた》く緊《しま》つたが、溢《こぼ》るゝ蹴出《けだ》し柔かに、褄《つま》が一靡《ひとなび》き落着いて、胸を反《そ》らして、顔を引き、
「否《いいえ》、まだ出して上げません。……お話を聞かなくツちや……でないと袖を啣《くわ》へたり、乗つたり、悪戯《いたずら》をして邪魔《じゃま》なんですも
前へ 次へ
全16ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング