聞くと、人の好《い》い、気の優しい、哥太寛の御新姐《ごしんぞ》が、おゝ、と云つて、袖《そで》を開《ひら》く……主人もはた、と手を拍《う》つて、」
とて、夫人は椅子なる袖に寄せた、白鞘《しらさや》を軽く圧《おさ》へながら、
「先刻《せんこく》より御覧に入れた、此なる剣《つるぎ》、と哥太寛の云つたのが、――卓子《テエブル》の上に置いた、蝋塗《ろうぬり》、鮫鞘巻《さめざやまき》、縁頭《ふちがしら》、目貫《めぬき》も揃《そろ》つて、金銀造りの脇差《わきざし》なんです――此の日本の剣《つるぎ》と一所《いっしょ》に、泯汰脳《ミンダネオ》の土蛮《どばん》が船に積んで、売りに参つた日本人を、三年|前《さき》に買取《かいと》つて、現に下僕《かぼく》として使ひまする。が、傍《そば》へも寄せぬ下働《したばたらき》の漢《おとこ》なれば、剣《つるぎ》は此処《ここ》にありながら、其の事とも存ぜなんだ。……成程《なるほど》、呼べ、と給仕を遣《や》つて、鸚鵡を此へ、と急いで嬢に、で、※[#「女+必」、第4水準2−5−45]《こしもと》を立たせたのよ。
たゞ玉《たま》の緒《お》のしるしばかり、髪は糸で結んでも、胡沙《こさ》吹く風は肩に乱れた、身は痩《や》せ、顔は窶《やつ》れけれども、目鼻立ちの凜《りん》として、口許《くちもと》の緊《しま》つたのは、服装《なり》は何《ど》うでも日本《やまと》の若草《わかくさ》。黒人《くろんぼ》の給仕に導かれて、燈籠《とうろう》の影へ顕《あらわ》れたつけね――主人の用に商売《あきない》ものを運ぶ節は、盗賊《どろぼう》の用心に屹《きっ》と持つ……穂長《ほなが》の槍《やり》をねえ、こんな場所へは出つけないから、突立《つきた》てたまゝで居るんぢやありませんか。
和蘭陀《オランダ》のは騒がなかつたが、蕃蛇剌馬《ばんじゃらあまん》の酋長《しゅうちょう》は、帯を手繰《たぐ》つて、長剣の柄《つか》へ手を掛けました。……此のお夥間《なかま》です……人の売買《うりかい》をする連中《れんじゅう》は……まあね、槍は給仕が、此も慌《あわ》てて受取つたつて。
静かに進んで礼をする時、牡丹《ぼたん》に八《や》ツ橋《はし》を架《か》けたやうに、花の中を廻り繞《めぐ》つて、奥へ続いた高楼《たかどの》の廊下づたひに、黒女《くろめ》の※[#「女+必」、第4水準2−5−45]《こしもと》が前後《あと
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