の白き、痩《や》せたる女、差俯向《さしうつむ》きて床の上に起直りていたり。枕許《まくらもと》に薬などあり、病人なりしなるべし。
 思わずも悚然《ぞっと》せしが、これ、しかしながら、この頃のにはあらじかし。
 今は竹の皮づつみにして汽車の窓に売子出でて旅客に鬻《ひさ》ぐ、不思議の商標《しるし》つけたるが彼《か》の何某屋《なにがしや》なり。上品らしく気取りて白餡小さくしたるものは何の風情もなし、すきとしたる黒餡の餅、形も大《おおい》に趣あるなり。

     夏の水

 松任《まっとう》より柏野水島などを過ぎて、手取川を越ゆるまでに源平島と云う小駅あり。里の名に因《ちな》みたる、いずれ盛衰記の一条《ひとくだり》あるべけれど、それは未《いま》だ考えず。われ等がこの里の名を聞くや、直ちに耳の底に響き来《きた》るは、松風玉を渡るがごとき清水の声なり。夏《げ》の水とて、北国によく聞ゆ。
 春と冬は水|湧《わ》かず、椿の花の燃ゆるにも紅《べに》を解くばかりの雫《しずく》もなし。ただ夏至《げし》のはじめの第一|日《じつ》、村の人の寝心にも、疑いなく、時刻も違《たが》えず、さらさらと白銀《しろがね》の糸を鳴《なら》して湧く。盛夏|三伏《さんぷく》の頃ともなれば、影沈む緑の梢《こずえ》に、月の浪《なみ》越すばかりなり。冬至の第一日に至りて、はたと止《や》む、あたかも絃《げん》を断つごとし。
 周囲に柵《さく》を結いたれどそれも低く、錠はあれど鎖《さ》さず。注連《しめ》引結いたる。青く艶《つやや》かなる円《まろ》き石の大《おおい》なる下より溢《あふ》るるを樋《ひ》の口に受けて木の柄杓《ひしゃく》を添えあり。神業《かみわざ》と思うにや、六部順礼など遠く来《きた》りて賽《さい》すとて、一文銭二文銭の青く錆びたるが、円き木《こ》の葉のごとくあたりに落散りしを見たり。深く山の峡《かい》を探るに及ばず。村の往来のすぐ路端《みちばた》に、百姓家の間にあたかも総井戸のごとくにあり。いつなりけん、途《みち》すがら立寄りて尋ねし時は、東家《とうか》の媼《おうな》、機《はた》織りつつ納戸の障子より、西家《さいか》の子、犬張子《いぬはりこ》を弄《もてあそ》びながら、日向《ひなた》の縁より、人懐しげに瞻《みまも》りぬ。

     甲冑堂

 橘南谿《たちばななんけい》が東遊記に、陸前国|苅田郡《かったごおり》
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