時刻も丁ど丑滿であつた、來の宮神社へ上り口、新温泉は神社の裏山に開けたから、皈り途の按摩さんには下口になる、隧道の中で、今時、何と、丑の時參詣にまざ/\と出會つた。黒髮を長く肩を分けて蓬に捌いた、青白い、細面の婦が、白裝束といつても、浴衣らしい、寒の中に唯一枚、糸枠に立てると聞いた蝋燭を、裸火で、それを左に灯して、右手に提げたのは鐵槌に違ひない。さて、藁人形と思ふのは白布で、小箱を包んだのを乳の下鳩尾へ首から釣した、頬へ亂れた捌髮が、其の白色を蛇のやうに這つたのが、あるくにつれて、ぬら/\動くのが蝋燭の灯の搖れるのに映ると思ふと、その毛筋へぽた/\と血の滴るやうに見えたのは、約束の口に啣へた、その耳まで裂けるといふ梳櫛の然もそれが燃えるやうな朱塗であつた。いや、其の姿が眞の闇暗の隧道の天井を貫くばかり、行違つた時、すつくりと大きくなつて、目前を通る、白い跣足が宿の池にありませう、小さな船。あれへ、霜が降つたやうに見えた、「私は腰を拔かして、のめつたのです。あの釘を打込む時は、杉だか、樟だか、其の樹の梢へ其の青白い大きな顏が乘りませう。」といふのである。
――まだある、秋の末で、其の夜
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