ら、花片、緋の葉、然うは散らない、すツすツと細く、毛引の雁金を紅で描いたやうに提灯に映るのが、透通るばかり美しい。
「今晩は。」
此の靜寂さ、いきなり聲をかけて行違つたら、耳元で雷……は威がありすぎる、それこそ梟が法螺を吹くほどに淑女を驚かさう、默つてぬつと出たら、狸が泳ぐと思はれよう。
こゝは動かないで居るに限る。
第一、あの提灯の小山のやうに明るくなるのを、熟として待つ筈だ。
糸七は、嘗て熱海にも兩三度入湯した事があつて、同地に知己の按摩がある。療治が達しやで、すこし目が見える、夜話が實に巧い、職がらで夜戸出が多い、其のいろ/\な話であるが、先づ水口園の前の野原の眞中で夜なかであつた、茫々とした草の中から、足もとへ、むく/\と牛の突立つやうに起上つた大漢子が、いきなり鼻の先へ大きな握拳を突出した、「マツチねえか。」「身ぐるみ脱ぎます――あなたの前でございますが。……何、此の界隈トンネル工事の勞働しやが、醉拂つて寐ころがつて居た奴なんで。しかし、其の時は自分でも身に覺えて、ぐわた/\ぶる/\と震へましてな、へい。」まだある、新温泉の別莊へ療治に行つた皈りがけ、それが、眞夜中、
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