ば冥土《よみじ》の色ならず、真珠の流《ながれ》を渡ると覚えて、立花は目が覚めたようになって、姿を、判然《はっきり》と自分を視《なが》めた。
我ながら死して栄《はえ》ある身の、こは玉となって砕けたか。待て、人の妻と逢曳《あいびき》を、と心付いて、首《こうべ》を低《た》れると、再び真暗《まっくら》になった時、更に、しかし、身はまだ清らかであると、気を取直して改めて、青く燃ゆる服の飾を嬉しそうに見た。そして立花は伊勢は横幅の渾沌《こんとん》として広い国だと思った。宵の内通った山田から相の山、茶店で聞いた五十鈴川、宇治橋も、神路山も、縦に長く、しかも心に透通るように覚えていたので。
その時、もう、これをして、瞬間の以前、立花が徒《いたずら》に、黒白《あやめ》も分かず焦り悶《もだ》えた時にあらしめば、たちまち驚いて倒れたであろう、一間ばかり前途《ゆくて》の路に、袂《たもと》を曳《ひ》いて、厚い※[#「ころもへん+施のつくり」、第3水準1−91−72]《ふき》を踵《かかと》にかさねた、二人、同一《おなじ》扮装《いでたち》の女《め》の童《わらわ》。
竪矢《たてや》の字の帯の色の、沈んで紅《あか》きさえ認《したた》められたが、一度《ひとたび》胸を蔽《おお》い、手を拱《こまぬ》けば、たちどころに消えて見えなくなるであろうと、立花は心に信じたので、騒ぐ状《さま》なくじっと見据えた。
「はい。」
「お迎《むかい》に参りました。」
駭然《がくぜん》として、
「私を。」
「内方《うちかた》でおっしゃいます。」
「お召ものの飾から、光の射《さ》すお方を見たら、お連れ申して参りますように、お使《つかい》でございます。」と交《かわ》る交《がわ》るいって、向合って、いたいたけに袖《そで》をひたりと立つと、真中《まんなか》に両方から舁《か》き据えたのは、その面《おもて》銀のごとく、四方あたかも漆のごとき、一面の将棋盤。
白き牡丹《ぼたん》の大輪なるに、二ツ胡蝶《こちょう》の狂うよう、ちらちらと捧げて行《ゆ》く。
今はたとい足許が水になって、神路山の松ながら人肌を通す流《ながれ》に変じて、胸の中に舟を纜《もや》う、烏帽子《えぼし》直垂《ひたたれ》をつけた船頭なりとも、乗れとなら乗る気になった。立花は怯《お》めず、臆《おく》せず、驚破《すわ》といわば、手釦《てぼたん》、襟飾を隠して、あらゆるものを見ないでおこうと、胸を据えて、静《しずか》に女童《めのわらわ》に従うと、空はらはらと星になったは、雲の切れたのではない。霧の晴れたのではない、渠《かれ》が飾れる宝玉の一叢《ひとむら》の樹立《こだち》の中へ、倒《さかさま》に同一《おなじ》光を敷くのであった。
ここに枝折戸《しおりど》。
戸は内へ、左右から、あらかじめ待設けた二|人《にん》の腰元の手に開かれた、垣は低く、女どもの高髷《たかまげ》は、一対に、地ずれの松の枝より高い。
十一
「どうぞこれへ。」
椅子《いす》を差置かれた池の汀《みぎわ》の四阿《あずまや》は、瑪瑙《めのう》の柱、水晶の廂《ひさし》であろう、ひたと席に着く、四辺《あたり》は昼よりも明《あかる》かった。
その時打向うた卓子《テエブル》の上へ、女《め》の童《わらわ》は、密《そっ》と件《くだん》の将棋盤を据えて、そのまま、陽炎《かげろう》の縺《もつ》るるよりも、身軽に前後して樹の蔭にかくれたが、枝折戸《しおりど》を開いた侍女《こしもと》は、二人とも立花の背後《うしろ》に、しとやかに手を膝《ひざ》に垂れて差控えた。
立花は言葉をかけようと思ったけれども、我を敬うことかくのごときは、打ちつけにものをいうべき次第であるまい。
そこで、卓子に肱《ひじ》をつくと、青く鮮麗《あざやか》に燦然《さんぜん》として、異彩を放つ手釦《てぼたん》の宝石を便《たより》に、ともかくも駒《こま》を並べて見た。
王将、金銀、桂《けい》、香《きょう》、飛車、角、九ツの歩《ふ》、数はかかる境にも異《ちがい》はなかった。
やがて、自分のを並べ果てて、対手《あいて》の陣も敷き終る折から、異香ほのぼのとして天上の梅一輪、遠くここに薫るかと、遥《はるか》に樹《こ》の間を洩《も》れ来る気勢《けはい》。
円形の池を大廻りに、翠《みどり》の水面に小波《ささなみ》立って、二房《ふたふさ》三房《みふさ》、ゆらゆらと藤の浪《なみ》、倒《さかしま》に汀《みぎわ》に映ると見たのが、次第に近《ちかづ》くと三人の婦人であった。
やがて四阿の向うに来ると、二人さっと両方に分れて、同一《おなじ》さまに深く、お太鼓の帯の腰を扱帯《しごき》も広く屈《かが》むる中を、静《しずか》に衝《つ》と抜けて、早や、しとやかに前なる椅子に衣摺《きぬずれ》のしっとりする音。
と見ると、藤紫に白茶の帯して、白綾《しろあや》の衣紋《えもん》を襲《かさ》ねた、黒髪の艶《つやや》かなるに、鼈甲《べっこう》の中指《なかざし》ばかり、ずぶりと通した気高き簾中《れんじゅう》。立花は品位に打たれて思わず頭《かしら》が下ったのである。
ものの情深《なさけぶか》く優しき声して、
「待遠かったでしょうね。」
一言《いちげん》あたかも百雷耳に轟《とどろ》く心地。
「おお、もう駒を並べましたね、あいかわらず性急《せっかち》ね、さあ、貴下《あなた》から。」
立花はあたかも死せるがごとし。
「私からはじめますか、立花さん……立花さん……」
正にこの声、確《たしか》にその人、我が年紀《とし》十四の時から今に到るまで一日も忘れたことのない年紀上《としうえ》の女に初恋の、その人やがて都の華族に嫁して以来、十数年間|一度《ひとたび》もその顔を見なかった、絶代《ぜつだい》の佳人《かじん》である。立花は涙も出ず、声も出ず、いうまでもないが、幾年月《いくとしつき》、寝ても覚《さめ》ても、夢に、現《うつつ》に、くりかえしくりかえしいかに考えても、また逢う時にいい出づべき言《ことば》を未《いま》だ知らずにいたから。
さりながら、さりながら、
「立花さん、これが貴下《あなた》の望《のぞみ》じゃないの、天下晴れて私とこの四阿で、あの時分九時半から毎晩のように遊びましたね。その通りにこうやって将棊《しょうぎ》を一度さそうというのが。
そうじゃないんですか、あら、あれお聞きなさい。あの大勢の人声は、皆《みんな》、貴下の名誉を慕うて、この四阿へ見に来るのです。御覧なさい、あなたがお仕事が上手になると、望《のぞみ》もかなうし、そうやってお身体《からだ》も輝くのに、何が待遠くって、道ならぬ心を出すんです。
こうして私と将棊をさすより、余所《よそ》の奥さんと不義をするのが望《のぞみ》なの?」
衝《つ》と手を伸《のば》して、立花が握りしめた左の拳《こぶし》を解くがごとくに手を添えつつ、
「もしもの事がありますと、あの方もお可哀《かわい》そうに、もう活《い》きてはおられません。あなたを慕って下さるなら、私も御恩がある。そういうあなたが御料簡《ごりょうけん》なら、私が身を棄《す》ててあげましょう。一所になってあげましょうから、他《よそ》の方に心得違《こころえちがい》をしてはなりません。」と強くいうのが優しくなって、果《はて》は涙になるばかり、念被観音力《ねんぴかんのんりき》観音の柳の露より身にしみじみと、里見は取られた手が震えた。
後《うしろ》にも前にも左右にもすくすくと人の影。
「あッ。」とばかり戦《わなな》いて、取去ろうとすると、自若《じじゃく》として、
「今では誰が見ても可《い》いんです、お心が直りましたら、さあ、将棊をはじめましょう。」
静《しずか》に放すと、取られていた手がげっそり痩《や》せて、着た服が広くなって、胸もぶわぶわと皺《しわ》が見えるに、屹《きっ》と目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》る肩に垂れて、渦《うずま》いて、不思議や、己《おの》が身は白髪になった、時に燦然《さんぜん》として身の内の宝玉は、四辺《あたり》を照《てら》して、星のごとく輝いたのである。
驚いて白髪《しらが》を握ると、耳が暖く、襖《ふすま》が明いて、里見夫人、莞爾《にっこり》して覗込《のぞきこ》んで、
「もう可《い》いんですよ。立花さん。」
操は二人とも守り得た。彫刻師はその夜の中《うち》に、人知れず、暗《やみ》ながら、心の光に縁側を忍んで、裏の垣根を越して、庭を出るその後姿を、立花がやがて物語った現《うつつ》の境の幻の道を行《ゆ》くがごとくに感じて、夫人は粛然として見送りながら、遥《はるか》に美術家の前程を祝した、誰も知らない。
ただ夫人は一夜《ひとよ》の内に、太《いた》く面《おも》やつれがしたけれども、翌日《あくるひ》、伊勢を去る時、揉合《もみあ》う旅籠屋《はたごや》の客にも、陸続たる道中にも、汽車にも、かばかりの美女はなかったのである。
[#地から1字上げ]明治三十六(一九〇三)年五月
底本:「泉鏡花集成4」ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年10月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第七卷」岩波書店
1942(昭和17)年7月22日発行
※誤植が疑われる箇所を、底本の親本を参照してあらためました。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2006年1月30日作成
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