さりながら、さりながら、
「立花さん、これが貴下《あなた》の望《のぞみ》じゃないの、天下晴れて私とこの四阿で、あの時分九時半から毎晩のように遊びましたね。その通りにこうやって将棊《しょうぎ》を一度さそうというのが。
 そうじゃないんですか、あら、あれお聞きなさい。あの大勢の人声は、皆《みんな》、貴下の名誉を慕うて、この四阿へ見に来るのです。御覧なさい、あなたがお仕事が上手になると、望《のぞみ》もかなうし、そうやってお身体《からだ》も輝くのに、何が待遠くって、道ならぬ心を出すんです。
 こうして私と将棊をさすより、余所《よそ》の奥さんと不義をするのが望《のぞみ》なの?」
 衝《つ》と手を伸《のば》して、立花が握りしめた左の拳《こぶし》を解くがごとくに手を添えつつ、
「もしもの事がありますと、あの方もお可哀《かわい》そうに、もう活《い》きてはおられません。あなたを慕って下さるなら、私も御恩がある。そういうあなたが御料簡《ごりょうけん》なら、私が身を棄《す》ててあげましょう。一所になってあげましょうから、他《よそ》の方に心得違《こころえちがい》をしてはなりません。」と強くいうのが優しく
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