囲《いまわり》が広く、破れてはいるが、筵《むしろ》か、畳か敷いてもあり、心持四畳半、五畳、六畳ばかりもありそうな。手入をしない囲《かこい》なぞの荒れたのを、そのまま押入に遣《つか》っているのであろう、身を忍ぶのは誂《あつら》えたようであるが。
(待て。)
案内をして、やがて三由屋の女中が、見えなくなるが疾《はや》いか、ものをいうよりはまず唇の戦《おのの》くまで、不義ではあるが思う同士。目を見交《みかわ》したばかりで、かねて算した通り、一先《ひとま》ず姿を隠したが、心の闇《やみ》より暗かった押入の中が、こう物色の出来得るは、さては目が馴《な》れたせいであろう。
立花は、座敷を番頭の立去ったまで、半時ばかりを五六時間、待飽倦《まちあぐ》んでいるのであった。
(まず、可《よ》し。)
と襖《ふすま》に密《そっ》と身を寄せたが、うかつに出らるる数《すう》でなし、言《ことば》をかけらるる分でないから、そのまま呼吸《いき》を殺して彳《たたず》むと、ややあって、はらはらと衣《きぬ》の音信《おとない》。
目前《めさき》へ路《みち》がついたように、座敷をよぎる留南奇《とめぎ》の薫《かおり》、ほの床
前へ
次へ
全48ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング