四

「内宮《ないぐう》でいらっしゃいます。」
 婆々《ばば》は掌《て》を挙げて白髪の額に頂き、
「何事のおわしますかは知らねども、忝《かたじけな》さに涙こぼるる、自然《ひとりで》に頭《つむり》が下りまする。お帰りには二見《ふたみ》ヶ浦、これは申上げるまでもござりませぬ、五十鈴川の末、向うの岸、こっちの岸、枝の垂れた根上り松に纜《もや》いまして、そこへ参る船もござります。船頭たちがなぜ素袍《すおう》を着て、立烏帽子《たてえぼし》を被《かぶ》っていないと思うような、尊い川もござりまする、女の曳《ひ》きます俥《くるま》もござります、ちょうど明日は旧の元日。初日の出、」
 いいかけて急に膝《ひざ》を。
「おお、そういえば旦那様《だんなさま》、お宿はどうなさります思召《おぼしめし》。
 成程、おっしゃりました名の通《とおり》、あなた相の山までいらっしゃいましたが、この前方《さき》へおいでなさりましても、佳《い》い宿はござりません。後方《あと》の古市《ふるいち》でござりませんと、旦那様方がお泊りになりまする旅籠はござりませんが、何にいたしました処で、もし、ここのことでござりまする、
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