て、
「さあ。」
 手を中へ差入れた、紙包を密《そっ》と取って、その指が搦《から》む、手と手を二人。
 隔《へだて》の襖は裏表、両方の肩で圧《お》されて、すらすらと三寸ばかり、暗き柳と、曇れる花、淋《さみ》しく顔を見合せた、トタンに跫音《あしおと》、続いて跫音、夫人は衝《つ》と退《の》いて小さな咳《しわぶき》。
 さそくに後を犇《ひし》と閉め、立花は掌《たなそこ》に据えて、瞳《ひとみ》を寄せると、軽く捻《ひね》った懐紙《ふところがみ》、二隅《ふたすみ》へはたりと解けて、三ツ美《うつくし》く包んだのは、菓子である。
 と見ると、白と紅《くれない》なり。
「はてな。」
 立花は思わず、膝《ひざ》をついて、天井を仰いだが、板か、壁か明かならず、低いか、高いか、定《さだか》でないが、何となく暗夜《やみよ》の天まで、布|一重《ひとえ》隔つるものがないように思われたので、やや急心《せきごころ》になって引寄せて、袖《そで》を見ると、着たままで隠れている、外套《がいとう》の色が仄《ほのか》に鼠。
 菓子の色、紙の白きさえ、ソレかと見ゆるに、仰げば節穴かと思う明《あかり》もなく、その上、座敷から、射《さ》し入るような、透間《すきま》は些《すこ》しもないのであるから、驚いて、ハタと夫人の賜物《たまもの》を落して、その手でじっと眼《まなこ》を蔽《おお》うた。
 立花は目よりもまず気を判然《はっきり》と持とうと、両手で顔を蔽う内、まさに人道を破壊しようとする身であると心付いて、やにわに手を放して、その手で、胸を打って、がばと眼《まなこ》を開いた。
 なぜなら、今そうやって跪《ひざまず》いた体《なり》は、神に対し、仏に対して、ものを打念《うちねん》ずる時の姿勢であると思ったから。
 あわれ、覚悟の前ながら、最早《もは》や神仏を礼拝し得べき立花ではないのである。
 さて心がら鬼のごとき目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》くと、余り強く面《おもて》を圧していた、ためであろう、襖一重の座敷で、二人ばかりの女中と言葉を交わす夫人の声が、遠く聞えて、遥《はるか》に且つ幽《かすか》に、しかも細く、耳の端《はた》について、震えるよう。
 それも心細く、その言う処を確めよう、先刻《さき》に老番頭と語るのをこの隠れ家で聞いたるごとく、自分の居処《いどころ》を安堵《あんど》せんと欲して、立花
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