よ。
判りましたか、私です。
何も恥かしい事はありません、ちっとも極《きま》りの悪いことはありませんです。しっかりなさい。
御覧なさい、誰も居ないです、ただ私一人です。鳥山たった一人、他《ほか》には誰も居《お》らんですから。」
海の方を背《そびら》にして安からぬ状《さま》に附添った、廉平の足許に、見得もなく腰を落し、裳《もすそ》を投げて崩折《くずお》れつつ、両袖に面《おもて》を蔽《おお》うて、ひたと打泣くのは夫人であった。
「ほんとうに夫人《おくさん》、気を落着けて下さらんでは不可《いけ》ません。突然《いきなり》海へ飛込もうとなすったりなんぞして、串戯《じょうだん》ではない。ええ、夫人《おくさん》、心が確《たしか》になったですか。」
声にばかり力を籠《こ》めて、どうしようにも先は婦人《おんな》、ひとえに目を見据えて言うのみであった。
風そよそよと呼吸《いき》するよう、すすりなきの袂《たもと》が揺れた。浦子は涙の声の下、
「先生、」と幽《かすか》にいう。
「はあ、はあ、」
と、纔《わず》かに便《たより》を得たらしく、我を忘れて擦り寄った。
「私《わ》、私は、もう死んでしまい
前へ
次へ
全96ページ中77ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング