へ、よもや、とは思ったけれども、さて、どこ、という目的《めあて》がないので、船で捜しに出たのに対して、そぞろに雲を攫《つか》むのであった。
 目の下の浜には、細い木が五六本、ひょろひょろと風に揉《も》まれたままの形で、静まり返って見えたのは、時々潮が満ちて根を洗うので、梢《こずえ》はそれより育たぬならん。ちょうど引潮の海の色は、煙の中に藍《あい》を湛《たた》えて、或《あるい》は十畳、二十畳、五畳、三畳、真砂《まさご》の床に絶えては連なる、平らな岩の、天地《あめつち》の奇《く》しき手に、鉄槌《かなづち》のあとの見ゆるあり、削りかけの鑪《やすり》の目の立ったるあり。鑿《のみ》の歯形を印したる、鋸《のこぎり》の屑《くず》かと欠々《かけかけ》したる、その一つ一つに、白浪の打たで飜るとばかり見えて音のないのは、岩を飾った海松《みる》、ところ、あわび、蠣《かき》などいうものの、夜半《よわ》に吐いた気を収めず、まだほのぼのと揺《ゆら》ぐのが、渚《なぎさ》を籠《こ》めて蒸すのである。
 漁家二三。――深々と苫屋《とまや》を伏せて、屋根より高く口を開けたり、家より大きく底を見せたり、ころりころりと大畚《
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