下の姉様は、夫人の肩の下へ手を入れて、両方の傍《わき》を抱いて起した。
 浦子の身は、柔かに半ば起きて凭《もた》れかかると、そのまま庭へずり下りて、
「ござれ、洲の股の御前、」
 といって、坂下の姉様、夫人の片手を。
 洲の股の御前も、おなじく傍《かたわら》から夫人の片手を。
 ぐい、と取って、引立《ひった》てる。右と左へ、なよやかに脇を開いて、扱帯《しごき》の端が縁を離れた。髪の根は髷《まげ》ながら、笄《こうがい》ながら、がッくりと肩に崩れて、早や五足《いつあし》ばかり、釣られ工合に、手水鉢《ちょうずばち》を、裏の垣根へ誘われ行《ゆ》く。
 背後《うしろ》に残って、砂地に独り峡の婆、件《くだん》の手を腰に極《き》めて、傾《かた》がりながら、片手を前へ、斜めに一煽《ひとあお》り、ハタと煽ると、雨戸はおのずからキリキリと動いて閉《しま》った。
 二人の婆に挟《さしはさ》まれ、一人《いちにん》に導かれて、薄墨の絵のように、潜門《くぐりもん》を連れ出さるる時、夫人の姿は後《うしろ》ざまに反って、肩へ顔をつけて、振返ってあとを見たが、名残惜しそうであわれであった。
 時しも一面の薄霞《うすがす
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