なれど、宗旨々々のお祖師様でも、行《ゆ》きたい処へ行かっしゃる。無理やりに留めますことも出来んでのう。」
「ほんにの、お婆さん。」
「今度いよいよ長者どのの邸を出さっしゃるに就いて、長い間御恩になった、そのお礼心というのじゃよ。何ぞ早や、しるしに残るものを、と言うて、黄金《こがね》か、珠玉《たま》か、と尋ねさっしゃるとの。
その先生様、地蔵尊の一体建立して欲しいと言わされたとよ。
そう云えば何となく、顔容《かおかたち》も柔和での、石の地蔵尊に似てござるお人じゃそうなげな。」
先生は面《おもて》を背けて、笑《えみ》を含んで、思わずその口のあたりを擦《こす》ったのである。
「それは奇特じゃ、小児衆《こどもしゅ》の世話を願うに、地蔵様に似さしった人は、結構にござることよ。」
「さればその事よ。まだ四十にもならっしゃらぬが、慾《よく》も徳も悟ったお方じゃ。何事があっても莞爾々々《にこにこ》とさっせえて、ついぞ、腹立たしったり、悲しがらしった事はないけに、何としてそのように難有《ありがた》い気になられたぞ、と尋ねるものがあるわいの。
先生様が言わっしゃるには、伝もない、教《おしえ》もない
前へ
次へ
全96ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング