、上衣《うわぎ》など、ちらちらと渚《なぎさ》に似て、黒く深く、背後《うしろ》の山まで凹《なかくぼ》になったのは本堂であろう。輪にして段々に点《とも》した蝋《ろう》の灯が、黄色に燃えて描いたよう。
向う側は、袖垣《そでがき》、枝折戸《しおりど》、夏草の茂きが中に早咲《はやざき》の秋の花。いずれも此方《こなた》を背戸にして別荘だちが二三軒、廂《ひさし》に海原《うなばら》の緑をかけて、簾《すだれ》に沖の船を縫わせた拵《こしら》え。刎釣瓶《はねつるべ》の竹も動かず、蚊遣《かやり》の煙の靡《なび》くもなき、夏の盛《さかり》の午後四時ごろ。浜辺は煮えて賑《にぎや》かに、町は寂しい樹蔭《こかげ》の細道、たらたら坂《ざか》を下りて来た、前途《ゆくて》は石垣から折曲る、しばらくここに窪《くぼ》んだ処、ちょうどその寺の苔蒸《こけむ》した青黒い段の下、小溝《こみぞ》があって、しぼまぬ月草、紺青の空が漏れ透くかと、露もはらはらとこぼれ咲いて、藪《やぶ》は自然の寺の垣。
ちょうどそのたらたら坂を下りた、この竹藪のはずれに、草鞋《わらじ》、草履、駄菓子の箱など店に並べた、屋根は茅《かや》ぶきの、且つ破れ、且つ
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