輪、白砂の清き浜に、台《うてな》や開くと、裳《もすそ》を捌《さば》いて衝《つ》と下り立った、洋装したる一人の婦人。
夜干《よぼし》に敷いた網の中を、ひらひらと拾ったが、朝景色を賞《め》ずるよしして、四辺《あたり》を見ながら、その苫船《とまぶね》に立寄って苫の上に片手をかけたまま、船の方を顧みると、千鳥は啼《な》かぬが友呼びつらん。帆の白きより白衣《びゃくえ》の婦人、水紅色《ときいろ》なるがまた一人、続いて前後に船を離れて、左右に分れて身軽に寄った。
二人は右の舷《ふなばた》に、一人は左の舷に、その苫船に身を寄せて、互《たがい》に苫を取って分けて、船の中を差覗《さしのぞ》いた。淡きいろいろの衣《きぬ》の裳は、長く渚へ引いたのである。
廉平は頂の靄を透かして、足許を差覗いて、渠等《かれら》三人の西洋婦人、惟《おも》うに誂《あつら》えの出来を見に来たな。苫をふいて伏せたのは、この人々の註文で、浜に新造の短艇《ボオト》ででもあるのであろう。
と見ると二人の脇の下を、飜然《ひらり》と飛び出した猫がある。
トタンに一人の肩を越して、空へ躍るかと、もう一匹、続いて舳《へさき》から衝《つ》と抜けた。最後のは前脚を揃えて海へ一文字、細長い茶色の胴を一畝《ひとうね》り畝らしたまで鮮麗《あざやか》に認められた。
前のは白い毛に茶の斑《まだら》で、中のは、その全身漆のごときが、長く掉《ふ》った尾の先は、舳《みよし》を掠《かす》めて失《う》せたのである。
二十二
その時、前後して、苫《とま》からいずれも面《おもて》を離し、はらはらと船を退《の》いて、ひたと顔を合わせたが、方向《むき》をかえて、三人とも四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》して彳《たたず》む状《さま》、おぼろげながら判然《はっきり》と廉平の目に瞰下《みおろ》された。
水浅葱《みずあさぎ》のが立樹に寄って、そこともなく仰いだ時、頂なる人の姿を見つけたらしい。
手を挙げて、二三度|続《つづけ》ざまに麾《さしまね》くと、あとの二人もひらひらと、高く手巾《ハンケチ》を掉《ふ》るのが見えた。
要こそあれ。
廉平は雲を抱《いだ》くがごとく上から望んで、見えるか、見えぬか、慌《あわただ》しく領《うなず》き答えて、直ちに丘の上に踵《くびす》を回《めぐ》らし、栄螺《さざえ》の形に切崩した、処々足がかりの段のある坂を縫って、ぐるぐると駈《か》けて下り、裾《すそ》を伝うて、衝《つ》と高く、ト一飛《ひととび》低く、草を踏み、岩を渡って、およそ十四五分時を経て、ここぞ、と思う山の根の、波に曝《さら》された岩の上。
綱もあり、立樹もあり、大きな畚《びく》も、またその畚の口と肩ずれに、船を見れば、苫|葺《ふ》いたり。あの位高かった、丘は近く頭《かしら》に望んで、崖の青芒《あおすすき》も手に届くに、婦人《おんな》たちの姿はなかった。白帆は早や渚《なぎさ》を彼方《かなた》に、上からは平《たいら》であったが、胸より高く踞《うずく》まる、海の中なる巌《いわ》かげを、明石の浦の朝霧に島がくれ行《ゆ》く風情にして。
かえって別なる船一|艘《そう》、ものかげに隠れていたろう。はじめてここに見出《みいだ》されたが、一つ目の浜の方《かた》へ、半町ばかり浜のなぐれに隔つる処に、箱のような小船を浮べて、九つばかりと、八つばかりの、真黒《まっくろ》な男の児《こ》。一人はヤッシと艪柄《ろづか》を取って、丸裸の小腰を据え、圧《お》すほどに突伏《つッぷ》すよう、引くほどに仰反《のけぞ》るよう、ただそこばかり海が動いて、舳《へさき》を揺り上げ、揺り下すを面白そうに。穉《おさな》い方は、両手に舷《ふなべり》に掴《つか》まりながら、これも裸の肩で躍って、だぶりだぶりだぶりだぶりと同一《おなじ》処にもう一艘、渚に纜《もや》った親船らしい、艪《ろ》を操る児の丈より高い、他の舷へ波を浴びせて、ヤッシッシ。
いや、道草する場合でない。
廉平は、言葉も通じず、国も違って便《たより》がないから、かわって処置せよ、と暗示されたかのごとく、その苫船《とまぶね》の中に何事かあることを悟ったので、心しながら、気は急ぎ、つかつかと毛脛《けずね》[#ルビの「けずね」は底本では「げずね」]長く藁草履《わらぞうり》で立寄った。浜に苫船はこれには限らぬから、確《たしか》に、上で見ていたのをと、頂を仰いで一度。まずその二人が前に立った、左の方の舷から、ざくりと苫を上へあげた。……
ざらざらと藁が揺れて、広き額を差入れて、べとりと頤髯《あごひげ》一面なその柔和な口を結んで、足をやや爪立《つまだ》ったと思うと、両の肩で、吃驚《おどろき》の腹を揉《も》んで、けたたましく飛び退《の》いて、下なる網に躓《つまず》い
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