れ》の処ですが、」
「もう、夜があけましたのでございますか。」
「明けたですよ。明方です、もう日が当るばかりです。」
聞くや否や、
「ええ!」とまた身を震わした。浦子はそれなり、腰を上げて立とうとして、ままならぬ身をあせって、
「恥かしい、私、恥かしいんですよ。先生、どうしましょう、人が見ます。人が来ると不可《いけ》ません、人に見られるのは厭《いや》ですから、どうぞ死なして下さいまし、死なして下さいましよ。」
「と、ともかく。ですからな、夫人《おくさん》、人が来ない内に、帰りましょう。まだ大して人通《ひとどおり》もないですから。疾《はや》く、さあ、疾く帰ろうではありませんか。お内へ行って、まず、お心をお鎮めなさい、そうなさい。」
浦子は烈《はげ》しく頭《かぶり》を掉《ふ》った。
二十五
為《せ》ん術《すべ》を知らず黙っても、まだ頭《かぶり》をふるのであるから、廉平は茫然《ぼうぜん》として、ただ拳《こぶし》を握って、
「どうなさる。こうしていらしっては、それこそ、人が寄って来るか分りません。第一、捜しに出ましたのでも四人や八人ではありません。」
言いも終らず、あしずりして、
「どうしましょう、私、どうしましょうねえ。どうぞ、どうぞ、貴下《あなた》、一思いに死なして下さいまし、恥かしくっても、死骸《しがい》になれば……」
泣くのに半ば言消《ことき》えて、
「よ、後生ですから、」
も曇れる声なり。
心弱くて叶《かな》うまじ、と廉平はやや屹《きっ》としたものいいで、
「飛んだ事を! 夫人《おくさん》、廉平がここに居《お》るです。決《け》して、決《け》して、そんな間違《まちがい》はさせんですよ。」
「どうしましょうねえ、」
はッと深く溜息《ためいき》つくのを、
「……………………」
ただ咽喉《のど》を詰めて熟《じっ》と見つつ、思わず引き入れられて歎息した。
廉平は太い息して、
「まあ、貴女《あなた》、夫人《おくさん》、一体どうなさった。」
「訳を、訳をいえば貴下《あなた》、黙って死なして下さいますよ。もう、もう、もう、こんな汚《けがら》わしいものは、見るのも厭《いや》におなりなさいますよ。」
「いや、厭になるか、なりませんか、黙って見殺しにしましょうか。何しろ、訳をおっしゃって下さい。夫人《おくさん》、廉平です。人にいって悪い事なら、私は
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