て倒れぬばかり、きょとんとして、太い眉の顰《ひそ》んだ下に、眼《まなこ》を円《つぶら》にして四辺《あたり》を眺めた。
これなる丘と相対して、対《むこ》うなる、海の面《おも》にむらむらと蔓《はびこ》った、鼠色の濃き雲は、彼処《かしこ》一座の山を包んで、まだ霽《は》れやらぬ朝靄《あさもや》にて、もの凄《すさま》じく空に冲《ひひ》って、焔《ほのお》の連《つらな》って燃《もゆ》るがごときは、やがて九十度を越えんずる、夏の日を海気につつんで、崖に草なき赤地《あかつち》へ、仄《ほのか》に反映するのである。
かくて一つ目の浜は彎入《わんにゅう》する、海にも浜にもこの時、人はただ廉平と、親船を漕《こ》ぎ繞《めぐ》る長幼二人の裸児《はだかご》あるのみ。
二十三
得も言われぬ顔して、しばらく棒のごとく立っていた、廉平は何思いけん、足を此方《こなた》に返して、ずッと身を大きく巌《いわ》の上へ。
それを下りて、渚《なざさ》づたい、船を弄《もてあそ》ぶ小児《こども》の前へ。
近づいて見れば、渠等《かれら》が漕《こ》ぎ廻る親船は、その舳《じく》を波打際。朝凪《あさなぎ》の海、穏《おだや》かに、真砂《まさご》を拾うばかりなれば、纜《もやい》も結ばず漾《ただよ》わせたのに、呑気《のんき》にごろりと大の字|形《なり》、楫《かじ》を枕の邯鄲子《かんたんし》、太い眉の秀でたのと、鼻筋の通ったのが、真向《まの》けざまの寝顔である。
傍《かたわら》の船も、穉《おさな》いものも、惟《おも》うにこの親の子なのであろう。
廉平は、ものも言わずに駈《か》け歩行《ある》いた声をまず調えようと、打咳《うちしわぶ》いたが、えへん! と大きく、調子はずれに響いたので、襯衣《しゃつ》の袖口の弛《ゆる》んだ手で、その口許を蔽《おお》いながら、
「おい、おい。」
寝た人には内証らしく、低調にして小児《こども》を呼んだ。
「おい、その兄さん、そっちの児《こ》。むむ、そうだ、お前達だ。上手に漕ぐな、甘《うま》いものだ、感心なもんじゃな。」
声を掛けられると、跳上《はねあが》って、船を揺《ゆす》ること木《こ》の葉のごとし。
「あぶない、これこれ、話がある、まあ、ちょっと静まれ。
おお、怜悧《りこう》々々、よく言うことを肯《き》くな。
何《なん》じゃ、外じゃないがな、どうだ余り感心したについて、も
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