た》の御前《ごぜん》、足を挙げる。
「洲の股もめでたいな、うふふ、」
と北叟笑《ほくそえ》みつつ、坂下の嫗《おうな》は腰を捻《ひね》った。
諸声《もろごえ》に、
「ふァふァふァ、」
「うふふ、」
「あはははは。」
「坂の下祝いましょ。」
今度は洲の股の御前が手を拍《う》つ。
「地蔵菩薩祭れ。」
と山の峡が一足出る、そのあとへ臀《いしき》を捻って、
「山の峡は繁昌じゃ。」
「洲の股もめでたいな、」とすらりと出る。
拍子を取って、手を拍って、
「坂の下祝いましょ。」
据え腰で、ぐいと伸び、
「地蔵菩薩祭れ。」
「山の峡は繁昌じゃ、」
「洲の股もめでたいな、」
「坂の下祝いましょ、」
「地蔵菩薩祭れ。」
さす手ひく手の調子を合わせた、浪の調《しらべ》、松の曲。おどろおどろと月落ちて、世はただ靄《もや》となる中に、ものの影が、躍るわ、躍るわ。
二十
ここに、一つ目と二つ目の浜境《はまざかい》、浪間の巌《いわ》を裾《すそ》に浸して、路傍《みちばた》に衝《つ》と高い、一座|螺《ら》のごとき丘がある。
その頂へ、あけ方の目を血走らして、大息を吐《つ》いて彳《たたず》んだのは、狭島《さじま》に宿れる鳥山廉平。
例の縞《しま》の襯衣《しゃつ》に、その綛《かすり》の単衣《ひとえ》を着て、紺の小倉《こくら》の帯をぐるぐると巻きつけたが、じんじん端折《ばしょ》りの空脛《からずね》に、草履ばきで帽は冠《かぶ》らず。
昨日《きのう》は折目も正しかったが、露にしおれて甲斐性《かいしょう》が無さそう、高い処で投首《なげくび》して、太《いた》く草臥《くたび》れた状《さま》が見えた。恐らく驚破《すわ》といって跳ね起きて、別荘中、上を下へ騒いだ中に、襯衣を着けて一つ一つそのこはぜを掛けたくらい、落着いていたものは、この人物ばかりであろう。
それさえ、夜中から暁へ引出されたような、とり留めのないなり形《かたち》、他《ほか》の人々は思いやられる。
銑太郎、賢之助、女中の松、仲働《なかばたらき》、抱え車夫はいうまでもない。折から居合わせた賭博仲間《ぶちなかま》の漁師も四五人、別荘を引《ひっ》ぷるって、八方へ手を分けて、急に姿の見えなくなった浦子を捜しに駈《か》け廻る。今しがた路を挟んだ向う側の山の裾を、ちらちらと靄《もや》に点《とも》れて、松明《たいまつ》の火の飛ん
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