りは潮が押し入れた、川尻のちと広い処を、ふらふらと漕ぎのぼると、浪のさきが飜って、潮の加減も点燈《ひともし》ごろ。
帆柱が二本並んで、船が二|艘《そう》かかっていた。舷《ふなばた》を横に通って、急に寒くなった橋の下、橋杭《はしぐい》に水がひたひたする、隧道《トンネル》らしいも一思い。
石垣のある土手を右に、左にいつも見る目より、裾《すそ》も近ければ頂もずっと高い、かぶさる程なる山を見つつ、胴ぶくれに広くなった、湖のような中へ、他所《よそ》の別荘の刎橋《はねばし》が、流《ながれ》の半《なかば》、岸近な洲《す》へ掛けたのが、満潮《みちしお》で板も除《の》けてあった、箱庭の電信ばしらかと思うよう、杭がすくすくと針金ばかり。三角形《さんかくなり》の砂地が向うに、蘆の葉が一靡《ひとなび》き、鶴の片翼《かたつばさ》見るがごとく、小松も斑《ふ》に似て十本《ともと》ほど。
暮れ果てず灯《ともし》は見えぬが、その枝の中を透く青田越《あおたご》しに、屋根の高いはもう我が家。ここの小松の間を選んで、今日あつらえた地蔵菩薩《じぞうぼさつ》を――
仏様でも大事ない、氏神にして祭礼《おまつり》を、と銑さんに話しながら見て過ぎると、それなりに川が曲って、ずッと水が狭うなる、左右は蘆が渺《びょう》として。
船がその時ぐるりと廻った。
岸へ岸へと支《つか》うるよう。しまった、潮が留《とま》ったと、銑さんが驚いて言った。船べりは泡だらけ。瓜《うり》の種、茄子《なす》の皮、藁《わら》の中へ木の葉が交《まじ》って、船も出なければ芥《あくた》も流れず。真水がここまで落ちて来て、潮に逆《さから》って揉《も》むせいで。
あせって銑さんのおした船が、がッきと当って杭《くい》に支《つか》えた。泡沫《しぶき》が飛んで、傾いた舷《ふなばた》へ、ぞろりとかかって、さらさらと乱れたのは、一束《ひとたばね》の女の黒髪、二巻ばかり杭に巻いたが、下には何が居るか、泥で分らぬ。
ああ、芥の臭《におい》でもすることか、海松布《みる》の香でもすることか、船へ搦《から》んで散ったのは、自分と同一《おなじ》鬢水《びんみず》の……
――浦子は寝ながら呼吸《いき》を引いた。――
――今も蚊帳に染む梅花の薫《かおり》。――
あ、と一声|退《の》こうとする、袖《そで》が風に取られたよう、向うへ引かれて、靡《なび》いたので、此
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