るに、あの婆さんを妖物《ばけもの》か何ぞのように、こうまで恐《こわ》がるのも、と恥かしくもあれば、またそんな人たちが居る世の中に、と頼母《たのも》しく。……
と、浦子は蚊帳に震えながら思い続けた。
十四
ざんぶと浪に黒く飛んで、螺線《らせん》を描く白い水脚《みずあし》、泳ぎ出したのはその洋犬《かめ》で。
来るのは何ものだか、見届けるつもりであったろう。
長い犬の鼻づらが、水を出て浮いたむこうへ、銑さんが艪《ろ》をおしておいでだった。
うしろの小松原の中から、のそのそと人が来たのに、ぎょっとしたが、それは石屋の親方で。
草履ばきでも濡れさせまいと、船がそこった間だけ、負《おぶ》ってくれて、乗ると漕《こ》ぎ出すのを、水にまだ、足を浸したまま、鷭《ばん》のような姿で立って、腰のふたつ提《さ》げの煙草入《たばこいれ》を抜いて、煙管《きせる》と一所に手に持って、火皿をうつむけにして吹きながら、確かなもんだ確かなもんだと、銑さんの艪《ろ》を誉《ほ》めていた。
もう船が岩の間を出たと思うと、尖った舳《へさき》がするりと辷《すべ》って、波の上へ乗ったから、ひやりとして、胴の間《ま》へ手を支《つ》いた。
その時緑青色のその切立《きった》ての巌《いわ》の、渚《なぎさ》で見たとは趣がまた違って、亀の背にでも乗りそうな、中ごろへ、早|薄靄《うすもや》が掛《かか》った上から、白衣《びゃくえ》のが桃色の、水色のが白の手巾《ハンケチ》を、二人で、小さく振ったのを、自分は胴の間に、半ば袖《そで》をついて、倒れたようになりながら、帽子の裡《うち》から仰いで見た。
二つ目の浜で、地曳《じびき》を引く人の数は、水を切った網の尖《さき》に、二筋黒くなって砂山かけて遥《はる》かに見えた。
船は緑の岩の上に、浅き浅葱《あさぎ》の浪を分け、おどろおどろ海草の乱るるあたりは、黒き瀬を抜けても過ぎたが、首きり沈んだり、またぶくりと浮いたり、井桁《いげた》に組んだ棒の中に、生簀《いけす》があちこち、三々五々。鴎《かもめ》がちらちらと白く飛んで、浜の二階家のまわり縁を、行《ゆ》きかいする女も見え、簾《すだれ》を上げる団扇《うちわ》も見え、坂道の切通しを、俥《くるま》が並んで飛ぶのさえ、手に取るように見えたもの。
陸近《くがぢか》なれば憂慮《きづか》いもなく、ただ景色の好《よ》さに
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