し、出《い》でては帰ることなかれと教ふ。婦人甘んじてこの命を請け行いて嫁す、其衷情憐むに堪へたり。謝せよ、新夫婦に感謝せよ、渠等は社会に対する義務のために懊悩《あうなう》不快なるあまたの繋累《けいるゐ》に束縛されむとす。何となれば社会は人に因りて造らるゝものにして、人は結婚によりて造らるる者《もの》なればなり。こゝに於てか媒妁人《なかうど》はいふめでたしと、舅姑はいふめでたしと、親類朋友皆またいふめでたしと。然り、新夫婦は止むを得ずして社会のために婚姻す。社会一般の人に取りてはめでたかるべし、嬉しかるべし、愉快なるべし、これをめでたしと祝せむよりは、寧ろ慇懃《いんぎん》に新夫婦に向ひて謝して可なり。
新夫婦|其者《そのもの》には何のめでたきことあらむや、渠等が雷同してめでたしといふは、社会のためにめでたきのみ。
再言す、吾人人類が因りてもて生命を存すべき愛なるものは、更《さら》に婚姻によりて得らるべきものにあらざることを。人は死を以て絶痛のこととなす、然れども国家のためには喜びて死するにあらずや。婚姻|亦《また》然り。社会のために身を犠牲に供して何人も、めでたく、式三献《しきさんこん》せざるべからざるなり。
(明治二十八年五月)[#地付き、2字上げ]
底本:「現代日本文學大系5 樋口一葉・明治女流文學・泉鏡花集」筑摩書房
1972(昭和47)年5月15日初版第1刷発行
1987(昭和62)年2月10日初版第13刷発行
入力:小林徹
校正:鈴木厚司
2000年9月20日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング