小春の藍《あい》の淡い襟、冷い島田が、幾度《いくたび》も、縁を覗《のぞ》いて、ともに燈《ともし》を待ちもした。
 この縁の突当りに、上敷《うわしき》を板に敷込んだ、後架《こうか》があって、機械口の水も爽《さわやか》だったのに、その暗紛れに、教授が入った時は一滴の手水《ちょうず》も出なかったので、小春に言うと、電話までもなく、帳場へ急いで、しばらくして、真鍮《しんちゅう》の水さしを持って来て言うのには、手水は発動機で汲上《くみあ》げている処、発電池に故障があって、電燈もそのために後《おく》れると、帳場で言っているそうで。そこで中縁《なかえん》の土間の大《おおき》な石の手水鉢、ただし落葉が二三枚、不思議に燈籠に火を点《とも》したように見えて、からからに乾いて水はない。そこへ誘って、つき膝で、艶《えん》になまめかしく颯《さっ》と流してくれて、
「あれ、はんけちを田圃道《たんぼみち》で落して来て、……」
「それも死神の風呂敷だったよ。」
「可恐《こわ》いわ、旦那さん。」

 その水さしが、さて……いまやっぱり、手水鉢の端《はた》に据《すわ》っているのが幽《かすか》に見える。夕暮の鷺《さぎ》
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