《おけ》の蔭から、むくと起きて、脚をひろげて、もう一匹よちよちと、同じような小狗《こいぬ》は出て来ても、村の閑寂間《しじま》か、棒切《ぼうきれ》持った小児《こども》も居ない。
 で、ここへ来た時……前途《むこう》山の下から、頬被《ほおかぶ》りした脊の高い草鞋《わらじ》ばきの親仁《おやじ》が、柄の長い鎌を片手に、水だか酒だか、縄からげの一升罎《いっしょうびん》をぶら下げたのが、てくりてくりと、畷を伝い、松茸の香を芬《ぷん》とさせて、蛇の茣蓙《ござ》と称《とな》うる、裏白の葉を堆《うずたか》く装《も》った大籠《おおかご》を背負《しょ》ったのを、一ツゆすって通過ぎた。うしろ形《つき》も、罎と鎌で調子を取って、大手を振った、おのずから意気の揚々とした処は、山の幸を得た誇《ほこり》を示す。……籠に、あの、ばさばさ群った葉の中に、鯰《なまず》のような、小鮒《こぶな》のような、頭の大《おおき》な茸《たけ》がびちびち跳ねていそうなのが、温泉《いでゆ》の町の方へずッと入った。しばらく、人に逢ったのはそればかりであった。
 客は、陽《ひなた》の赤蜻蛉に見愡《みと》れた瞳を、ふと、畑際《はたぎわ》の尾花に映
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