の困難を悲《かなし》むようなら、なぜ富貴の家には生れ来ぬぞ……その時先生が送られた手紙の文句はなお記憶にある……
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其の胆の小なる芥子《けし》の如く其の心の弱きこと芋殻の如し、さほどに貧乏が苦しくば、安《いずくん》ぞ其始め彫※[#「門<韋」、第4水準2−91−59]《ちょうい》錦帳の中に生れ来らざりし。破壁残軒の下に生を享《う》けてパンを咬《か》み水を飲む身も天ならずや。
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馬鹿め、しっかり修行しろ、というのであった。これもまた信じている先生の言葉であったから、心機立ちどころに一転することが出来た。今日《こんにち》といえども想うて当時の事に到るごとに、心|自《おのず》ら寒からざるを得ない。
迷信譚はこれで止《や》めて、処女作に移ろう。
この「鐘声夜半録」は明治二十七年あたかも日清戦争の始まろうという際に成ったのであるが、当時における文士生活の困難を思うにつけ、日露開戦の当初にもまたあるいは同じ困難に陥りはせぬかという危惧《きぐ》からして、当時の事を覚えている文学者仲間には少からぬ恐慌《きょうこう》を惹《ひ》き起し、額を鳩《あつ》めた者
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