が變《へん》に氣《き》になる。で、たとへば「思《おも》はぬ大利《たいり》あり」とか「物事《ものごと》に蹉跌《さてつ》あり、西方《せいはう》凶《きやう》」などといふ、考《かんが》へれば馬鹿《ばか》らしい暗示《あんじ》が卓子《テーブル》[#ルビの「テーブル」は底本では「テー ル」]を圍《かこ》む氣持《きもち》を變《へん》に動《うご》かすこと我《われ》ながらをかしいくらゐだ。
滑稽《こつけい》なのは、日本《にほん》の麻雀道《マージヤンだう》のメツカの稱《しよう》ある鎌倉《かまくら》では誰《だれ》でも奧《おく》さんが懷姙《くわいにん》すると、その檀那樣《だんなさま》がきつと大當《おほあた》りをすると言《い》ふ。所《ところ》が、何《なん》でも久米正雄夫人《くめまさをふじん》自身《じしん》の懷姙中《くわいにんちう》の運勢《うんせい》の素晴《すばら》しかつたことは今《いま》でも鎌倉猛者連《かまくらもされん》の語《かた》り草《ぐさ》になつてゐるくらゐださうだが、懷《ふところ》に入《はい》つてふとるといふ八卦《はつけ》でもあらうか? 少少《せうせう》うがち過《す》ぎてゐて、良人《りやうじん》久米正雄《
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