い》の時《とき》のやうに百|組《くみ》も百五十|組《くみ》もの人達《ひとたち》が一|堂《だう》に集《あつま》つて技《ぎ》を爭《あらそ》ふとなれば、紫檀《したん》の卓子《テーブル》の上《うへ》でぢかになどといふことはそれこそ殺人的《さつじんてき》なものになつてしまつて、大會《たいくわい》ごとに氣《き》が違《ちが》ふ人《ひと》が何人《なんにん》となく出來《でき》るかも知《し》れない。
とまれ、十|年前《ねんまへ》の秋《あき》の一|夜《や》、乳色《ちゝいろ》の夜靄《よもや》立《た》ち罩《こ》めた上海《シヤンハイ》のあの茶館《ツアコハン》の窓際《まどぎは》で聞《き》いた麻雀牌《マアジヤンパイ》の好《この》ましい音《おと》は今《いま》も僕《ぼく》の胸底《きようてい》に懷《なつか》しい支那風《しなふう》を思《おも》ひ出《だ》させずにはおかない。
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女《をんな》と、ばくち[#「ばくち」に傍点]と、阿片《あへん》と、支那人《しなじん》の一|生《しやう》はその三つの享樂《きやうらく》の達成《たつせい》に捧《さゝ》げられる――などと言《い》ふと、近頃《ちかごろ》の若《わか》い新《あたら》しい中華民國《ちうくわみんこく》の人達《ひとたち》から叱《しか》られるかも知《し》れないが、これは或《あ》る點《てん》まで殘念《ざんねん》ながら眞實《ほんたう》らしい。苦力達《クウリイたち》は營營《えいえい》と働《はたらく》く、女《をんな》――細君《さいくん》を買《か》ひたいために、ばくち[#「ばくち」に傍点]をしたいために、阿片《あへん》を吸《す》ひたいために。また將相達《しやうしやうたち》はなぜあれほど主權《しゆけん》を爭《あらそ》ひ合《あ》ふのか? 多《おほ》くの婢妾《ひせう》の肉《にく》に倦《あ》きたいために、ばくち[#「ばくち」に傍点]に耽《ふけ》る悠悠《いういう》閑日月《かんにちげつ》を自由《じいう》にしたいために、豪華《がうくわ》な廊房《らうばう》で阿片《あへん》の夢《ゆめ》に浸《ひた》りたいために。で、それほどばくち[#「ばくち」に傍点]好《ず》きな支那人《しなじん》が工夫《くふう》考案《かうあん》したものだけに、麻雀《マアジヤン》ほど魅力《みりよく》のある、感《かん》じのいい、倦《あ》くことを知《し》らない遊《あそ》びはまア世界《せかい》にもあるまいかと思《おも》はれる。近頃《ちかごろ》、歐米《おうべい》では一|時《じ》の麻雀熱《マアジヤンねつ》がさめてブリツヂ・ポオカアの遊《あそ》びに歸《かへ》つたと言《い》ふし、日本《にほん》でも花合《はなあは》せの技法《ぎはふ》がずつと深奧《しんあう》複雜《ふくざつ》でより感興深《かんきようぶか》いことを説《と》く人《ひと》もあるが、麻雀《マアジヤン》には遊《あそ》びの魅力《みりよく》は魅力《みりよく》として、外《ほか》にあの牌《パイ》に觸《ふ》れるといふ不可思議《ふかしぎ》な魅力《みりよく》がある。あの牌音《パイおと》を聞《き》くといふ力強《ちからづよ》い魅力《みりよく》がある。だからこそ、麻雀《マアジヤン》は少《すこ》し遊《あそ》びを覺《おぼ》えると、大概《たいがい》の人《ひと》が一|時《じ》熱病的《ねつびやうてき》になつてしまふ。そして、全《まつた》くこれほど遊《あそ》び倦《あ》きることを知《し》らない遊《あそ》び事《ごと》もちよつと外《ほか》には無《な》ささうだ。
一|代《だい》の覇圖《はと》も夢物語《ゆめものがたり》に奉天城外《ほうてんじやうぐわい》の露《つゆ》と消《き》えてしまつたが、例《れい》の張作霖《ちやうさくりん》は非常《ひじやう》な麻雀好《マアジヤンず》きだつたと言《い》ふ。何《なん》でも第《だい》二|次《じ》奉直戰爭《ほうちよくせんさう》の時《とき》などは自分《じぶん》の方《はう》の旗色《はたいろ》がよかつたせゐもあつただらうが、戰線《せんせん》のことは部下任《ぶかまか》せにして置《お》いて、宮苑《きうゑん》の奧深《おくふか》くお氣《き》に入《い》りの嬪妾《ひんせう》や嬖臣達《へいしんたち》を相手《あひて》に日《ひ》もす夜《よ》もす麻雀《マアジヤン》に耽《ふけ》り樂《たの》しんでゐたと言《い》ふ。で、そこはまた拔目《ぬけめ》のない所謂《いはゆる》政商《せいしやう》などは莫大《ばくだい》もない金《かね》を賭《か》けて張《ちやう》と卓子《たくし》を圍《かこ》む。そして、わざと負《ま》ける。想像《さうざう》すれば、始終《しじう》青一色《チンイイソオ》をさせたり、滿貫役《まんぐわんやく》をつけさせたりするのだらうが、それが自然《しぜん》と取《と》り入《い》りの阿堵物《あとぶつ》になることは言《い》ふまでもない。
「いや、何《なん》とも何《なん》とも。今日《こんにち》の閣下
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