《はう》に耳《みゝ》を傾《かたむ》けて、
「あア、麻雀《マアジヤン》をやつてるんだよ。」
「麻雀《マアジヤン》?」
 僕《ぼく》がさう鸚鵡返《あうむがへ》すと同時《どうじ》に、僕《ぼく》の傍《そば》にゐた瓜實顏《うりさねがほ》は可憐《かれん》な聲《こゑ》で、
「好的麻雀《ハオデモジヤ》……」
 と、微笑《びせう》とともに呟《つぶや》いた。
 今《いま》でこそ、僕《ぼく》もどうやら四|段《だん》といふ段位《だんゐ》をもらへるほどに麻雀《マアジヤン》にも耽《ふけ》り親《した》しんでゐるが、かれこれ十|年《ねん》も昔《むかし》の話《はなし》だ。奉天城内《ほうてんじやうない》のと或《あ》る勸工場《くわんこうぢやう》へはひつて、或《あ》る店先《みせさき》に並《なら》べてあつた麻雀牌《マアジヤンパイ》の美《うつく》しさに眼《め》を惹《ひ》かれて、
「綺麗《きれい》なもんですね。何《なに》か飾《かざ》り物《もの》ですか?」
 と、連《つ》れの人《ひと》に尋《たづ》ねかけると、
「いやア、ばくち[#「ばくち」に傍点]の道具《だうぐ》ですよ。日本《にほん》のまア花合《はなあは》せですかね。」
と、幾《いく》らか笑《わら》ひ交《まじ》りに答《こた》へられながらも、さすがにばくち[#「ばくち」に傍点]好《ず》きな支那人《しなじん》だ、恐《おそ》ろしく凝《こ》つた、洒落《しやれ》た物《もの》を使《つか》ふなアぐらゐにほとほと感心《かんしん》してゐたやうな程度《ていど》で、もとよりどんな風《ふう》に遊《あそ》ぶのかも知《し》らなかつたのだが、さてその窓向《まどむかう》から時折《ときをり》談笑《だんせう》の聲《こゑ》に交《まじ》つてチヤラチヤラチヤラチヤラ聞《きこ》えてくる麻雀牌《マアジヤンパイ》の音《おと》、それがまたあたりがあたりだけに如何《いか》にも支那風《しなふう》の好《この》ましい感《かん》じで耳《みゝ》に響《ひゞ》いたものだつた。
 近頃《ちかごろ》、東京《とうきやう》に於《お》ける、或《あるひ》は日本《にほん》に於《お》ける麻雀《マアジヤン》の流行《りうかう》は凄《すさ》まじいばかりで、麻雀倶樂部《マアジヤンくらぶ》の開業《かいげふ》は全《まつた》く雨後《うご》の筍《たけのこ》の如《ごと》しで邊鄙《へんぴ》な郊外《かうぐわい》の町《まち》にまで及《およ》んでゐるやうだが、そこはどこまでも日本式《にほんしき》な小綺麗《こぎれい》さ、行儀《ぎやうぎ》よさで、たとへば卓子《テーブル》の上《うへ》にも青羅紗《あをらしや》とか白《しろ》ネルとかを敷《し》いて牌音《パイおと》を和《やはら》げるやうにしてあるのが普通《ふつう》だが、本場《ほんば》の支那人《しなじん》は紫檀《したん》の卓子《テーブル》の上《うへ》でぢかに遊《あそ》ぶのが普通《ふつう》で、寧《むし》ろさうして牌《パイ》の音《おと》の高《たか》いのを喜《よろこ》ぶらしい、だからこそ、その時《とき》も紫檀《したん》の堅《かた》い面《めん》を打《う》ち、またその上《うへ》でひつきりなしにかち合《あ》ふ麻雀牌《マアジヤンパイ》の音《おと》が窓向《まどむか》うながらそれほどさはやかにも聞《きこ》え、如何《いか》にも支那風《しなふう》の快《こころよ》さで僕《ぼく》の耳《みゝ》を樂《たの》しませたのに違《ちが》ひない。
 同じ麻雀《マアジヤン》でもそれぞれの國民性《こくみんせい》に從《したが》つて遊《あそ》び方《かた》なり樂《たの》しみ方《かた》なりが自然《しぜん》と違《ちが》つてくるのは當《あた》り前《まへ》の話《はなし》で、卓子《たくし》の上《うへ》に布《きれ》を敷《し》いて牌音《ぱいおん》を和《やはら》げるといふやうな工夫《くふう》は如何《いか》にも神經質《しんけいしつ》[#「神經質」は底本では「紳經質」]な日本人《にほんじん》らしさだが、元來《ぐわんらい》麻雀《マアジヤン》とは雀《すゞめ》の義《ぎ》で、牌《パイ》のかち合《あ》ふ音《おと》が竹籔《たけやぶ》に啼《な》き囀《さへづ》る雀《すゞめ》の聲《こゑ》に似《に》てゐるから來《き》たといふ語源《ごげん》を信《しん》じるとすれば、やつぱり紫檀《したん》の卓子《テーブル》でぢかに遊《あそ》ぶといふのが本格的《ほんかくてき》で、その音《おと》を樂《たの》しむといふのもちよつと趣《おもむき》があるやうに感《かん》じられる。尤《もつと》も、支那人《しなじん》は麻雀《マアジヤン》を親《した》しい仲間《なかま》の一組《ひとくみ》で樂《たの》しむといふやうに心得《こゝろえ》てゐるらしいが、近頃《ちかごろ》の日本《にほん》のやうにそれを團隊的競技《だんたいてききやうぎ》にまで進《すゝ》めて來《き》て、いつかの日本麻雀選手權大會《にほんマアジヤンせんしゆけんたいくわ
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