く》四|面《めん》な取締《とりしまり》などもとよりあらう筈《はず》もなく、それは字義通《じぎどほ》りの不夜城《ふやじやう》だ。人間《にんげん》は動《うご》く。燈灯《ともしび》は映發《えいはつ》する。自動車《じどうしや》は行《ゆ》く。黄包車《ワンポオツ》は走《はし》る。そして、この東洋《とうやう》の幻怪《げんくわい》な港町《みなとまち》はしつとりした夜靄《よもや》の中《なか》にも更《ふ》け行《ゆ》く夜《よ》を知《し》らない。やがて歩《ある》き疲《つか》れてふらりとはひりこんだのが、と或《あ》る裏通《うらどほり》の茶館《ツアコブン》だつた。
窓際《まどぎは》の紫檀《しだん》の卓《たく》を挾《はさ》んで腰《こし》を降《おろ》し、お互《たがひ》に疲《つか》れ顏《がほ》でぼんやり煙草《たばこ》をふかしてゐると、女《をんな》が型通《かたどほ》り瓜子《クワスワ》と茶《ツア》を運《はこ》んでくる。一人《ひとり》は丸顏《まるがほ》、一人《ひとり》は瓜實顏《うりさねがほ》、其《それ》に口紅《くちべに》赤《あか》く、耳環《みゝわ》の翡翠《ひすゐ》が青《あを》い。支那語《しなご》の達者《たつしや》な友人《いうじん》は早速《さつそく》笑《わら》ひ聲《ごゑ》を交《まじ》へながら女《をんな》と何《なに》やら話《はな》しはじめたが、僕《ぼく》は至極《しごく》手持《ても》ち無沙汰《ぶさた》である。傍《そば》の窓《まど》をあけて上氣《じやうき》した顏《かほ》を冷《ひや》しながら暗《くら》いそとを見《み》てゐると、一|間《けん》ばかりの路次《ろじ》を隔《へだ》ててすぐ隣《となり》の家《うち》の同《おな》じ二|階《かい》の窓《まど》から、鈍《にぶ》い巷《ちまた》の雜音《ざふおん》と入《い》れ交《まじ》つてチヤラチヤラチヤラチヤラと聞《き》き馴《な》れない物音《ものおと》が聞《きこ》えて來《き》た。
「おいおい、あの音《おと》は何《なん》だい?」
暫《しばら》く靜《しづか》に聽耳《きゝみゝ》を立《た》ててゐた僕《ぼく》はさう言《い》つて、友人《いうじん》の方《はう》を振《ふ》り返《かへ》つた。いつの間《ま》にか彼《かれ》の膝《ひざ》の上《うへ》には丸顏《まるがほ》の女《をんな》が牡丹《ぼたん》のやうな笑《わら》ひを含《ふく》みながら腰《こし》かけてゐる。が、彼《かれ》はすぐに僕《ぼく》の指《ゆび》さす方
前へ
次へ
全17ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
南部 修太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング