かつた。私は眼をつぶつた。輕い毛布で顏を覆つた。が、だんだん憂鬱になつて行く自分をどうする事も出來なかつた。
「ほんとに好い花がございませんの……」と、かう晴れやかに呟きながら病室へはいつて來た武井さんの聲を聞いた時、私は救はれたやうな氣持がして毛布を撥ねのけた。武井さんは雨にしほれたやうな白と赤のコスモスの花を手にして、傍に立つてゐた。
「ダリヤはなかつたんですか?」と、私はふと思ひ出して訊ねた。
「ええ、ありましたわ。でも、もう痛んでて仕樣がないんですの。梅雨時分になりますと、切花は駄目でございますわね……」と、武井さんは答へながら花立に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]さつてゐた古い花を窓外に投げ捨てた。
「向うの二階の病室へ若い女の患者が來ましたね……」と、私はその女の事をまだ氣にし續けながら云つた。
「え、御覽になつたの。會社員の奧さんで肋膜がお惡い上に盲膓炎なんですつて。どつちもまだお輕いんださうですけれど、ずゐ分面倒な御病人ですのよ……」
「手術でもするんですか?」
「ええ、盲膓の方はどうしてもなさらなきやいけないの。院長さんも弱つて
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