でも何でもないんですよ……」と、或る時武井さんがそんな噂話を私に聞かしてくれた事もあつた。「支那人の中にはよくそんな厭やな人がゐますの。お分りになつて、看護婦をね……」と云ひ出した事を云ひ續けにくさうに云つて、武井さんは不意に口を噤んでしまつた。私は何となく顏が赧らむやうな氣持がして俯向いた。そして、そんな意志を持つばかりにこんな病院生活を送つてゐる支那人の心持がどうしても頷けない氣がした。
「變な人間もゐるもんですね……」と云つて、私は上ずつた聲で笑つてしまつた。
 何時しか七月も中旬に近くなつた。陰氣だつた梅雨の日も忘れたやうに過ぎて、緑の深くなつた桐の葉に照る日光が急にギラギラと夏めいて來た、病室の中は暑苦しくなつた。が、その頃から私はまだひよろひよろする足を踏み締めながら、十間、十五間と廊下を散歩出來るやうになつた。そして、私は凉しい風の吹く廊下の、庭の出口に置いてある籐の寢椅子に凭つて、長い間さえざえしい庭の緑を眺めてゐる事があつた。
「手術の結果はどうなつたらう……」と、三四日窓に見られなくなつた青白い顏の女を思い出して、或る時私は呟いた。そして、其處から斜向うに見えるその
前へ 次へ
全19ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南部 修太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング