かつたんですつて。運の好い人ですわね……」と、その刹那に女が夫にそんな事を囁いてゐるかも知れない事を感じて、私は何となく微笑したいやうな氣持になつた。その時武井さんがまた云つた。
「あの檀那樣があの奧さんにお優しいつてもう評判になつてゐますわ……」と、武井さんのその白い顏にはコケツトな感じのする微笑が浮んだ。が、私はその武井さんを見返りながら幽かに不快な氣持を感じた。そんな噂話が何となくその人達に殘酷な事のやうに思はれたのだつた。
「ほんとに優しさうな人ですね……」と、私はわざとそんな事を云つて、またその窓の方を振り向いた。が、もう其處には二人の姿は見えなかつた。白いカアテンが赤い西日に染まつて靜に搖れてゐるだけだつた。
「何て噂話の好きな人達なんだらう……」と、私はふとそんな事を心の中で考へながら、武井さんの顏をちらりと見た。實際、そんな風に一人一人の病人の噂話はまるで小鳥のやうな看護婦達の唇から、病院の隅から隅へと傳はつて行くのだつた。で、大概の病人は病室から一歩も出ないのに、よく其處此處の病人に就いて知る事が出來た。
「この先の向う側の病室に若い支那人の患者がゐますの。それが病氣
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