の球をころばしながら何かを編んでゐた武井さんは、編棒の手を止めて窓の方に首を差し延べた。
「厭やな顏色をしてますね……」と、私は雨上りの夕方の、さはやかな氣持をまた何となく暗くされながら云つた。
「ええ、ほんとに。ちよつと顏立は好い方なんですけれどね……」
「惡いんぢやないんですか?」
「さうらしいの。明後日あたり盲膓の手術だつて――附添の本田さんが云つてましたわ……」と、武井さんも顏を曇らせながら云つた。が、直ぐふいと氣附いたやうに詞を續けた。「ちよつとちよつと、あれが檀那樣なんですよ……」
教へられてその窓の方を振り向くと、何時の間にか紺の脊廣を着た若い紳士がその女と並んで、胸から上を窓臺に凭せ掛けながら立つてゐた。二人は時時何か話し合つてゐるらしく、その唇の動くのが見えた。私はその二人の間に何か寂しいものを感じて、ぢつと視線を送り續けてゐた。と、向うからは半分桐の木蔭で見えるに違ひないこつちの窓を、その時二人は同じやうに眺めた。そして、私の存在をはつきり氣附いたやうな表情を浮べると、顏を見合せて何かを囁き合ふ樣子だつた。
「向うの窓に痩せこけた青年がゐませう。チブスで危い處を助
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