つた。窓外の雨音はまだ盛に聞えてゐた。
その翌朝だつた。漸くお粥になつたばかりの朝食を食べてゐると、病室の外を通るゴム車の軋りがふと聞えた。
「あのね、この先の結核の患者の方ね。とうとう昨晩お逝くなりになつたのよ……」と、武井さんは急に聲を低めながら囁いた。
「ああ、とうとう……」と、私は靜に頷いた。やつぱりあの時が臨終だつたのか――と、私は心の中で呟いた。が、それがその時は人生の家常茶飯のやうに驚きとも悲しみとも胸に響かなかつた。そして、私は屍體運搬車に違ひないその車の遠い軋りの跡にぢつと耳を傾けてゐた。
その日の午後――もう夕方近くになつて雨がからりと晴れて、雲切の間から夏らしく澄んだ紺青の空が見え出した。そして、傾きかけた赤い西日が樹木の水玉にきらきらと光つた。丁度、見舞ひに來た友達が歸つて間もない頃の事で、ふと物寂しい氣持になつた私はまた窓際の曲木の椅子に凭りながら、そのすがすがしい病院の庭の暮色を眺めてゐた。
「あ、またあの奧さんが覗いてゐますよ……」と、私はひよいと向う側の二階の右から三番目の窓に氣が附いて、傍の武井さんを振り返つた。
「さうですか……」と、膝に白い毛糸
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