うとした先生は、突然の興奮の爲めに唇が硬直してぐいと云ひ詰つた。そしてフロッコオトの長い尻尾《しつぽ》をぴくぴく顫《ふる》はせて、立ちすくんでしまつた。何分かが喧囂《けんがう》の内に過ぎた。血走つた先生の凹んだ眼には、その時涙さへ染《にじ》んで來たのである。
 ふと部屋が靜かになつたので、思はず顏を上げて先生の姿を見詰めた時、輕い同情の念と幽かな悔い心がみんなの胸を過ぎたらしい。が、それに心附いた時は遲かつた。もとの眞面目さに返つて、この新しい先生を迎へようとした一人一人の心は、さうする爲めにはあたりの空氣が餘りに崩れ過ぎてゐるのをどうする事も出來なかつた。小さな渦は大きな渦に卷き込まれねばならなかつた。そしてまた中には、我知らず騷ぎ立ててしまつたうしろめたさを胡魔化《ごまか》さうとして、故意に再び喧囂の内に隱れようとした者さへあつたのである。
「諸君は諸君の……」さんざんな混亂の内に先生が退室された時、高木がわざとらしい道化《だうけ》た聲で呶鳴つた。みんなはそれに和してわいわい騷ぎ立てながら、教室を出て行つた。
 この不幸な第一印象は先生と私達の心に、遂に最後まで埋め切れなかつた一ツ
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