。禿げ上つた額のてらてらした艶が、見るから憎々しい尊大さで光つた。
「何、軍隊だつたら銃殺……」教頭の詞がクラスの一同に傳へられた時、かう聞き返して激昂したのは武井だつた。みんなはこれに和して憤慨の叫びを擧げた。舊套教育の傀儡《くわいらい》たる教頭の野蠻な比喩が、若々しい血潮の漲つてゐるみんなを憤らしたのは云ふまでもない。教頭の詞に對する反感は、却つて猫又先生に抱いてゐるみんなの不滿を高めてしまつた。
 六月の末、もう梅雨《つゆ》にかかつてしよぼ降る雨の鬱陶《うつたう》しい日が幾日となく續いた。それは或る金曜日の第三時間目で、その日も小止《をや》みない雨に教室の中は薄暗かつた。
「谷……武井……首藤……」と、型の如く先生が出席簿を讀み始めた時、教室の中は冷たい水底のやうにひつそりしてゐた。反響のない自分の聲の高さに氣が附いたらしい先生は、ひよいと顏を上げた。その時先生は、唖者に變つたやうな生徒達を眼前に見たのである。そして恐らく先生は、あたりの空氣が暴風の前の無氣味な
靜けさのやうに、ひしひしと自分の身に迫るのを感じられたに違ひなかつた。
「何故返事をしない……」先生は或る不安を豫感し
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