て聲援した。
「何、不滿がある……」と、聞き返しながら、先生は血走つた視線を私に向けた。
「さうです。第一先生の講義はちつとも面白くありません。先生の時間に出るのは退屈なばかりです。私達は愉快な講義を聞いて、面白く勉強したいと思ひます。處が……」體中はわくわくしながらも、喋舌《しやべ》り出してみると、思ひの外私の舌は滑《なめら》かに動いた。「處が、先生は何時も厭《い》やさうな顏をしてお教へになります。そして先生のお教へになることはちつとも身に染《し》みません。」
「さうです、さうです……」みんなは咽喉《のど》に詰つたやうな聲で、雷同した。先生は、若々しい血の思慮もなく劇しい語調で喋舌る私を、呆氣《あつけ》に取られたやうな面持《おももち》で見てゐた。
「先生は何故もつと快活になつて下さらないのです。先生の顏附は何時も苦蟲《にがむし》を噛み潰したやうな顏です。」
「何、顏……」と、先生は苦笑しながら聞き返した。「顏を快活にしろつたつて、これは持前だから爲方《しかた》がない……」みんなは冷嘲的にわつと笑つた。
「然し、人間は感情の動物です。先生が不愉快な顏附で講義して下されば、聞いてゐる私達も不愉快です。先生はお笑いになつたこともありません、何時もぶりぶりしておいでです。そしてぢきに呶鳴つたり腹を立てたりなさるぢやありませんか。」私はひどく眞面目で、ひどく得意だつた。自分が Patriot でもあるやうな氣持になつてゐた。そして自分の一言一句がクラスの全體から力強く同感されてゐる快さに醉つてゐた。
「そりやあ君達が熱心に勉強しないからだ。私だつて感情の動物である點に變りはない。君達が一所懸命にやれば愉快になる、然し……」
「それは違ひます。先生が私達を勉強するやうに教へて下さらないからです。」
「生意氣云ふな……」先生は再び顏に朱を注いで、嶮《けは》しい聲で呶鳴りつけた。
「生意氣ではありません。事實さうです。」私はむきになつて疊み掛けた。「私達は先生の講義を受けようとは思ひません。」
「さうだ、さうだ。」
「しつかりやれ……」教室は劇しくどよめいて、みんなの聲がこんがらがつた。
 先生はふいと口を噤《つぐ》んだ。そして窓の方に顏を反《そむ》けて佇《たたず》んだ。黒のモオニングを着た先生の背中は幽かに波打つてゐた。怒りの感情の高潮しきつたその眼には、何時か涙が潤《うる》ん
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