終心にさう思ひ、人にもついそれを訴へたくなる時があります。然し、私はこの仕事に從ふやうになつてからもうかれこれ十五六年になりますが、そんな風でゐながら、心の底ではやつぱりこの仕事が好きなんですね。なぜつて、自分がこの仕事から全く縁が切れてしまふ場合を想像してみると、何だか生きてる甲斐もなくなつてしまひさうな寂しい氣持がするんです。人間も全く勝手な、妙なもんですなあ。』
私は彼の仕事に對《たい》する氣持が私の文學の仕事に對《たい》する氣持とちよつと似通つてゐる事にひそかな興味を覺えながら、だまつて耳を傾けてゐた。彼はまた詞《ことば》を續《つゞ》けた。
『ですが、さう申すからには、つらい、厭《い》やな仕事だと思ふ一方に、やつぱりこの仕事を捨ててしまふ事の出來ないやうな、ちよつと云《い》ふに云《い》はれない。さあ何て云《い》ひますか、その魅力《チヤアム》とでも云《い》ふものがあるんですね。例へば一つの犯罪が持ち上る。そのやり方がうまいんで、どうしても犯人の手掛がつかない、係長初め何人かの仲間、警察の人達までが一生懸命に奔走し始める。自然、その間に手柄の競爭が起る。日日《ひにち》が延びると、
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