流麗、それに可成《かな》りな藝術味を加へて、全く興味津々|卷《くわん》をおほう能はざらしめるものはモオリス・ルブランの作品にまさるものはない。その緻密な推理力(無論探偵的な)に驚くべきものがあつても、全篇の面白味に至つては、コナン・ドイル到底ルブランの比ではないやうに思はれる。單にフイクジヨン作りの手腕の巧さなどと云《い》ふよりも、とに角あれ程の面白さを持つた相當の長さの作品を續々産み出すルブランはよつぽど好い頭の持主であるに違ひない。
 處《ところ》で、探偵小説の世界は要するにロマンスの世界である。空想的な、虚構の世界である。例へば、ルブランの好い頭が如何《いか》にほんたうらしく、起り得るらしく、あり得るらしく作中の事件事實を作り出してゐようと、無論あんなものが私達の現實社會にあり得る筈はない。が、探偵小説の面白さは實際にあり得ない事があり得るらしさに近づいてゐればゐる程強められ深くなる。不思議が如何《いか》にも不思議らしく、トリツクが如何《いか》にもトリツクらしく、或は虚構が如何《いか》にも虚構らしく露骨に作の上に浮いてゐるやうでは、それはまづい探偵小説と云《い》つて好い。從つてあんまり露骨に奇々怪々だつたり、ふんだんに血潮やピストルが飛び出したり、厭《い》やに眼まぐるしく探偵や[#底本は「探偵の」]犯人の隱現出沒する探偵小説はほんとの面白味には乏しい。また別の意味で、例へば可成《かな》り世間を騷がしたと云《い》ふやうな、實際に起つた探偵事件が文章に書かれたとしても、一|體《たい》現實の事件には讀物的興味をそぐやうな無駄や、まはりくどいいきさつ[#「いきさつ」に傍点]などのあるのが普通だから、所謂《いはゆる》實説物などと云《い》つても、それが探偵小説としての面白さを増すためには、さう云《い》ふ無駄やいきさつ[#「いきさつ」に傍点]をはぶくと同時に、やつぱり空想や虚構が織りこまれなければいけないと思はれる。
 さて、探偵小説の世界は空想的な、虚構のロマンスの世界であるが、新しい探偵小説には指紋《フインガアプリント》だの、顯微鏡《ミクロスコオプ》だの、化學分析《ケミカルアナリシス》だの、催眠術《メスメリズム》だの、犯罪骨相學《クリミナルフレノロジイ》だのと云《い》つた、實際的な科學的要素も色々に點綴《てんてつ》されて、一そう筋を複雜にし、興味を深めてゐるやうに思はれ
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南部 修太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング