やうな高熱來の最中に、私の寢てゐる蒲團の上に、歌舞伎芝居に出て來る黒子《くろこ》と云ふ風體の人間が、それこそ誇張なしに百人も二百人もひしひしのしかかつて來たのだ。無論黒子だから顏なんぞ一つだつて見えやしない。また何のためにそんなに大勢のしかかつて來たのか分らないが、何しろ重さで息が止まりさうに苦しいのと、大波が眞向から押しかぶさつてくるやうな恐ろしさとだ。私は「あつ、あつ……」と、息がつまりさうな聲を絞つて、寢臺の横下に寢てゐた看護婦を呼び起した。やつぱり夜中の事だつたと思ふが、刹那の錯覺ですぐ消えてなくなつた。然し、體にはびつしより汗をかき、息をはあはあ喘がせてゐた。夢の中にもそんな經驗はよくあるが、それはもつと實在的な錯覺だつた。その苦しさ、恐ろしさは今でもまだ忘れ難い。
一度は、これは自分自身の肉體に對する變な錯覺なのだが、二十三四の時分ひどい神經衰弱に犯された時の事だ。夜床に就いて、電氣を消して視界が暗くなると、どうしたはづみかにいきなりその錯覺が起つてくる。その前には兩眉の間の眉間のへんが妙にむづむづしてくるのが極りだつたが、何しろ自分の體がいきなり涯知らずくうつと延び出す
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