の一人だつた。
「やア、どうも有り難う。」
と、さりげなく言つて、ソオルはその町角を立ち去つた。
一町場ほど行くと、ソオルは別の辻自動車を北マラアストランド街へ急がせた。車中、ソオルは胸の中に自問自答しつづけた。音に聞えた富豪の男爵と名も無い金貸の老人との間にいつたいどういふ繋りがあるのか? 例の金庫の中にも二人の關係を示すやうな何物も見當りはしなかつた。況してやモルトナス島のあの兇惡な慘劇とストックホルムの富の王者とを結びつけるなどは?
北マラアストランド二十四番街、宏壯な五階建てのアパアトメント・ハウス、その三階の八室全部を領するシイドウ男爵家、程なくソオルが、そこの玄關に案内を乞ふと、暫くして戻つて來た若い小間使は、男爵が書齋で面會する旨を傳へた。
ソオルは廊下を通り、豪奢に華麗に飾りつけた應接間を横切ると、やがてちよつとした部屋へはいつて行つた。すると、もう老年に近い、丸顏の人間が裝飾的な彫刻のある机を前にして、背中の高い椅子に大きな體をゆつたりと凭せてゐた。そして、表情のない眼でぢつとソオルの方を見守りながら、
「どういふ御用向きかな?」
ソオルはモルトナス島の慘劇
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