寢臺に殘つた‥‥」
「うん、たしかにさうだね。」
 と頷いて、グスタフソンはすぐにジョンソンの方を振り返ると、
「外に何か發見はないかね? 犯人がここへはいるのを見たやうな者はをらんかね?」
 ジョンソンはかぶりを振つて、
「まだ見當りません。然し、ただ今島の者達を調べてをります。それからこの兇器ですがこれはたしかに犯人が近所で得ました物でございます。島ではかういふ種類の管を垣根の柱に使ひますんですが、その證據にわたくしは臺所の扉の邊に泥の塊を幾つか見つけましてございます。」
 探偵達は今度は表側のもう一つの寢室と大きな居間を取り調べたが、格別かき亂されたやうな形跡は見えなかつた。然し、居間の一隅の小型金庫の扉が明けつ放しになつてゐた。そして、内部には事務用書類がきちんと收めてあつたが、金は少しも見當らなかつた。かうして警視、主任警部、署長の三人はそちこちで幾らかづつ證據物件を拾ひ上げながら二階の諸部屋を隅々まで尋ね歩いた。鐵の管、扉の取手、椅子類、壁などからは綿密に指紋を調べ上げた。

    探偵の苦心
 寒い階下の廣間。厚い外套、毛皮の帽子、無恰好な靴、見るからに筋骨たくましい島の農夫や漁師達の十二三人が不安らしい眼差でグスタフソン警視達と向ひ合せに腰掛けてゐる。早速はじまつた證人調べだつた。先づ最初の現場發見者のカアルソンとロフベルグがその經過をざつと話すと、警視はカアルソンの顏を見守りながら、
「木曜の夕方何度も電話を掛けたといふが、いつたい何の用でかね?」
「なアにね、ちよつと相談事に行かうと思つたんです。實はゼッテルベルグさんが抵當の事でいい智慧を貸して下さる筈でしたが。」
「どうだ、水曜か木曜にあの老人に會やアせんかね? またこの近所へやつて來たことはなかつたかね?」
「いいえ、もう決して‥‥」
 率直なカアルソンの詞に打ち頷くと、警視はその隣の漁師のダアルベルグに視線を移した。と、途端に自分から進んで口を開いて、
「さう言やア思ひ出すことがありますよ。水曜の夕方己が漁から戻つてくるとね、別莊の方へ歩いてく奴を見ましたつけ‥‥」
「ふウん、そりや島の者だつたかね?」
「さア、分らないね。何しろずいぶん遠くの事だつたで‥‥」
 警視は鋭い眼で暫くダアルベルグの顏を探るやうに見詰めてゐたが、やがて次のペタアソンの方へ向きなほつた。
「さうさね、實ア己もこの別莊の方へ歩いてく見慣れねエ男を見ましたよ。そいつはそこの石段のところに立ち止まつて、靴の雪をかいてやがつたつけ。何しろもう薄暗かつたんではつきりとは見えなかつたが、風體ぢやアたしかに町の人間みてエだつたなア‥‥」
 證人調べはまアそんな工合に進んで行つた。或る男は老人が土曜日にストックホルムへ行つたこと、行く前に或る用件を片附けるつもりだと話してゐたといふことを述べた。また島人の一人は暫く島に暮してゐた或る男が水曜日に姿を隱したといふ事實を洩らした。警視は勿論その男の名を問ひ質した。また他の一人は水曜日の午後別莊から半マイルほどの所で二人の男の乘つた自動車を見たと申し立てた。そして、その二人はフエドラ帽を眞深にかぶり、一人は角縁の眼鏡を掛けてゐたといふ事だつた。その他細君の妹のクリスチナが姉の怪我の看護や家政を見に泊りに來てゐて、慘酷な災難に逢つた事情も分つたが、とにかくゼツテルベルグ一家には敵などは全然ないらしく、誰もが老人夫婦の善良さ深切さを口々にたたへるのだつた。
 念入りな取調べにたうとう夜が明けてしまつた。運搬自動車は三つの死體をストックホルムへ運んで行つた。そして、別莊に錠を降し、二人の巡査を張番に殘すと、グスタフソンとソオルは數多くの證據品を携へ、他の警察官や助手達と二臺の自動車に乘り込んで現場をあとにした。
「どうも大した手掛りはございませんな。」
と、ソオルは疲れたやうな聲で言つた。
 グスタフソンは空を見詰めたまま詞もなく廣い肩をただ物懶げに搖すつた。そして、その双の瞳は明かに煩ひ惱んでゐたが、老人が土曜日に銀行へ出掛けたといふ事實を心ではしきりに考へてゐた。手掛りは或はその方面にあるのではないか?
 明くる土曜日の午前十時、警察廳の刑事部長室では眼鏡を掛けた、優型の、神經質らしいゼツテルクイスト部長を中心にしてグスタフソン警視とソオル主任警部が搜査會議を開いてゐた。部長は警視を振り返つて、
「何か方針が立ちましたかね?」
「さア、有力な手掛りは二三掴めましたが、一刻も早く犯人を捉へるのが重大で‥‥」
「と言ふと?」
「つまりです。若し犯人がわたしの推察通り殺人狂だとすると、更に慘劇の繰り返される恐れがあるからです。とにかく報告書で御覽の通り殺害の手口は鬼畜に類してゐます。で、金錢もこの兇行に多少の關係はあるでせうが、何しろゼッテルベルグは明
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