て、空《そら》には星影《ほしかげ》がキラキラと見《み》え出《だ》した。ひんやりした夜氣《やき》が急《きふ》に體《からだ》にぞくぞく感《かん》じられて來《き》た。
「おい河野《かうの》‥‥」と、私《わたし》は變《へん》な心細《こころほそ》さと寂《さび》しさを意識《いしき》して、右手《みぎて》を振《ふ》り向《む》いて詞《ことば》を掛《か》けたが、河野《かうの》は答《こた》へなかつた。首《くび》をダラリと前《まへ》に下《さ》げて、彼《かれ》は眠《ねむ》りながら歩《ある》いてゐた。
 ――然《しか》し、みんなやつてるな‥‥と、續《つづ》いて周圍《しうゐ》を見廻《みまは》した時《とき》、私《わたし》は夜行軍《やかうぐん》の可笑《をか》しさとみじめさ[#「みじめさ」に傍点]を感《かん》じて呟《つぶや》いた。四|列縱隊《れつじうたい》は五|列《れつ》になり三|列《れつ》になりして、兵士達《へいしたち》はまるで夢遊病者《むいうびやうしや》のやうにそろそろ歩《ある》いてゐるのだつた。指揮刀《しきたう》の鞘《さや》の銀色《ぎんいろ》を闇《やみ》の中《なか》に閃《ひらめ》かしてゐる小隊長《せうたいちやう》の大島少尉《おほしませうゐ》さへよろけながら歩《ある》いてゐるのが、五六|歩《ほ》先《さき》に見《み》えた。
 が、寢《ね》そけてしまつた私《わたし》の頭《あたま》の中《なか》は變《へん》に重《おも》く、それに寒《さむ》さが加《くは》はつて來《き》てゾクゾク毛穴《けあな》がそば立《だ》つのが堪《たま》らなく不愉快《ふゆくわい》だつた。私《わたし》は首《くび》をすくめて痛《いた》む足《あし》を引《ひ》き摺《ず》りながら厭《い》や厭《い》や歩《ある》き續《つづ》けてゐた。
「さうだ、もう月《つき》が出《で》る時分《じぶん》だな‥‥」と、暫《しばら》くして私《わたし》は遠《とほ》く東《ひがし》の方《はう》の地平線《ちへいせん》が白《しら》んで來《き》たのに氣《き》がついて呟《つぶや》いた。その空《そら》の明《あか》るみを映《うつ》す田《た》の水《みづ》や、處處《ところどころ》の雜木林《ざふきばやし》の影《かげ》が蒼黒《あをぐろ》い夜《よる》の闇《やみ》の中《なか》に浮《う》き上《あが》つて見《み》え出《だ》した。私《わたし》はそれをぢつと見詰《みつ》めてゐる内《うち》に、何《なん》となく感傷的《かんしやうてき》な氣分《きぶん》に落《お》ちて來《き》た。そして、そんな時《とき》の何時《いつ》もの癖《くせ》で、Sの歌《うた》なんかを小聲《こごゑ》で歌《うた》ひ出《だ》した。何分《なんぷん》かがさうして過《す》ぎた。
 と、いきなり左《ひだり》の方《はう》でガチヤガチヤと劍鞘《けんざや》の鳴《な》る音《おと》がした。ゴソツと靴《くつ》の地《ち》にこすれる音《おと》がした。同時《どうじ》に「ウウツ‥‥」と唸《うな》る人聲《ひとごゑ》がした。私《わたし》がぎよツとして振《ふ》り返《かへ》る隙《すき》もなかつた。忽《たちま》ち夜《よる》の暗闇《くらやみ》の中《なか》に劇《はげ》しい水煙《みづけむり》が立《た》つて、一人《ひとり》の兵士《へいし》が小川《をがは》の中《なか》にバチヤンと落《お》ち込《こ》んでしまつた。
 ――とうとうやつたな‥‥と、私《わたし》は思《おも》つた。そして、總身《そうみ》に身顫《みぶる》ひを感《かん》じながら立《た》ち留《どま》つた。中根《なかね》の姿《すがた》が見《み》えなかつた。小川《をがは》の油《あぶら》のやうな水面《すゐめん》は大《おほ》きく波立《なみだ》つて、眞黒《まつくろ》な人影《ひとかげ》が毆《こは》れた蝙蝠傘《かうもりがさ》のやうに動《うご》いてゐた。
「誰《だれ》だ、誰《だれ》だ‥‥」と、小隊《せうたい》の四五|人《にん》は川岸《かはぎし》に立《た》ち止《ど》まつた。
「中根《なかね》だ‥‥」と、私《わたし》は呶鳴《どな》つた。
 混亂《こんらん》が隊伍《たいご》の中《なか》に起《おこ》つた。寢呆《ねぼ》けて反對《はんたい》に駈《か》け出《だ》す兵士《へいし》もゐた。ポカンと空《そら》を見上《みあ》げ[#「見上《みあ》げ」は底本では「見上《みあ》け」]てゐる兵士《へいし》もゐた。隊列《たいれつ》の後尾《こうび》にゐた分隊長《ぶんたいちやう》の高岡軍曹《たかをかぐんそう》は直《す》ぐに岸《きし》に駈《か》け寄《よ》つた。
「早《はや》く上《あ》げてやれ‥‥」と、彼《かれ》は呶鳴《どな》つた。
 中根《なかね》は水《みづ》の中《なか》で二三|度《ど》よろけたが、直《す》ぐに起上《おきあが》つた。深《ふか》さは胸程《むねほど》あつた。
「おい銃《じう》だよ、誰《だれ》か銃《じう》を取《と》つてくれよ‥‥」と、中根《なかね》は一|所懸命《しよけんめい》に右手《みぎて》で銃《じう》を頭《あたま》の上《うへ》に差《さ》し上《あ》げながら呶鳴《どな》つた。そして、右手《みぎて》でバチヤバチヤ水《みづ》を叩《たた》いた。割《わり》に流《なが》れのある水《みづ》はともすれば彼《かれ》を横倒《よこたふ》しにしさうになつた。
「大丈夫《だいぢやうぶ》だ、水《みづ》は淺《あさ》い‥‥」と、高岡軍曹《たかをかぐんそう》はまた呶鳴《どな》つた。「おい田中《たなか》、早《はや》く銃《じう》を取《と》つてやれ‥‥」
「軍曹殿《ぐんそうどの》、軍曹殿《ぐんそうどの》、早《はや》く早《はや》く、銃《じう》を早《はや》く‥‥」と、中根《なかね》は岸《きし》に近寄《ちかよ》らうとしてあせりながら叫《さけ》んだ。銃《じう》はまだ頭上《づじやう》にまつ直《す》ぐ差《さ》し上《あ》げられてゐた。
「田中《たなか》、何《なに》を愚圖々々《ぐづぐづ》しとるかつ‥‥」と、軍曹《ぐんそう》は躍氣《やつき》になつて足《あし》をどたどたさせた。
「はつ‥‥」と、田中《たなか》はあわてて路上《ろじやう》を[#「路上《ろじやう》を」は底本では「路上《ろじやう》は」]腹這《はらば》ひになつて手《て》を延《の》ばした。が、手《て》はなかなか届《とど》かなかつた。手先《てさき》と銃身《じうしん》とが何度《なんど》か空間《くうかん》で交錯《かうさく》し合《あ》つた。
「留《とま》つとつちやいかん。用《よう》のない者《もの》はずんずん前進《ぜんしん》する‥‥」と、騷《さわ》ぎの最中《さいちう》に小隊長《せうたいちやう》の大島少尉《おほしませうゐ》ががみがみした聲《こゑ》で呶鳴《どな》つた。
 岸邊《きしべ》に丸《まる》くかたまつてゐた兵士《へいし》の集團《しふだん》はあわてて駈《か》け出《だ》した。私《わたし》もそれに續《つづ》いた。そして、途切《とぎ》れに小隊《せうたい》の後《あと》を追《お》つて漸《やうや》くもとの隊伍《たいご》に歸《かへ》つた。劇《はげ》しい息切《いきぎ》れがした。
 間《ま》もなく小隊《せうたい》は隊形《たいけい》を復《ふく》して動《うご》き出《だ》した。が、兵士達《へいしたち》の姿《すがた》にはもう疲《つか》れの色《いろ》も眠《ねむ》たさもなかつた。彼等《かれら》は偶然《ぐうぜん》の出來事《できごと》に變《へん》てこに興奮《こうふん》して、笑《わら》つたり呶鳴《どな》つたり、飛《と》び上《あが》つたりしてはしやいでゐた。大地《だいち》に當《あた》る靴音《くつおと》は生《い》き生《い》きして高《たか》く夜《よる》の空氣《くうき》に反響《はんきやう》した。
「とうとう『馬《うま》さん』やりやあがつた‥‥」と、一人《ひとり》の兵士《へいし》がげらげら笑《わら》ひ出《だ》した。
「選《よ》りに選《よ》つて奴《やつ》が落《お》ちるなんてよつぽど運《うん》が惡《わる》いや‥‥」と、一人《ひとり》はまたそれが自分《じぶん》でなかつた事《こと》を祝福《しゆくふく》するやうに云《い》つた。
「また髭《ひげ》にうんと絞《しぼ》られるぜ‥‥」
「可哀想《かはいさう》になあ‥‥」
 中根熊吉《なかねくまきち》の「馬《うま》さん」は二|年兵《ねんへい》の二|等卒《とうそつ》で、中隊《ちうたい》でもノロマとお人好《ひとよ》しとで有名《いうめい》だつた。教練《けうれん》の度毎《たびごと》にヘマをやつて小隊長《せうたいちやう》や分隊長《ぶんたいちやう》に小言《こごと》を云《い》はれ續《つづ》けだつた。戰友達《せんいうたち》にもすつかり馬鹿《ばか》にされてゐた。鼻《はな》が低《ひく》くて眼《め》が細《ほそ》くて、何處《どこ》か間《ま》の拔《ぬ》けた感《かん》じのする平《ひら》べつたい顏《かほ》――その顏《かほ》が長《なが》いので「馬《うま》さん」と言《い》ふ綽名《あだな》がついた。が、中根《なかね》は都會生《とくわいうま》れの兵士達《へいしたち》のやうにズルではなかつた。決《けつ》して不眞面目《ふまじめ》ではなかつた。彼《かれ》は實際《じつさい》まつ正直《しやうぢき》に「天子樣《てんしさま》に御奉公《ごほうこう》する」積《つも》りで軍務《ぐんむ》を勉強《べんきやう》してゐたのである。が、彼《かれ》の生《うま》れつきはどうする事《こと》も出來《でき》なかつた。で、彼《かれ》はムキになればなるだけ教練《けうれん》や武術《ぶじゆつ》に失敗《しつぱい》し、上官達《じやうくわんたち》に叱《しか》りつけられ、戰友達《せんいうたち》にはなぶり物《もの》にされるのだつた。――氣《き》の毒《どく》だな‥‥と、思《おも》ふことが私《わたし》も度々《たび/\》あつた。
「然《しか》し、僕《ぼく》もずゐ分《ぶん》氣《き》を附《つ》けちやあゐたんだぜ‥‥」と、私《わたし》は傍《そば》の兵士《へいし》を顧《かへり》みた。
「さうですか。でも、ありやあ好《い》い眠氣覺《ねむけざま》しですよ‥‥」と、彼《かれ》は冷淡《れいたん》に答《こた》へた。
「ふふ、眠氣覺《ねむけざま》しも利《き》き過《す》ぎらあ‥‥」
「はつはつはつ、水《みづ》の中《なか》で一|生懸命《しよけんめい》に銃《じう》を差《さ》し上《あ》げた處《ところ》は好《よ》かつたね‥‥」
「とんだ五九|郎《らう》だ‥‥」と、誰《だれ》かが呟《つぶや》いた。劇《はげ》しい笑聲《せうせい》がわつと起《おこ》つた。
 が、暫《しばら》くすると中根《なかね》の話《はなし》にも倦《あ》きが來《き》た。そして、三十|分《ぷん》も經《た》たない内《うち》にまた兵士達《へいしたち》の歩調《ほてう》は亂《みだ》れて來《き》た。ゐ眠《ねむ》りが始《はじ》まつた。みんなは下弦《かげん》の月《つき》が東《ひがし》の空《そら》に出《で》て來《き》たのも氣《き》が附《つ》かずに醉《よ》ひどれのやうに歩《ある》いてゐた。
 N原《はら》の行手《ゆくて》はまだ遠《とほ》かつた。私《わたし》が濡《ぬ》れしよびれた中根《なかね》の姿《すがた》を想像《さうぞう》して時時《ときどき》可笑《をか》しく[#「可笑《をか》しく」は底本では「可笑《をか》じく」]なつたり、氣《き》の毒《どく》になつたりした。が、何時《いつ》か私《わたし》も襲《おそ》つてくる睡魔《すゐま》を堪《こら》へきれなくなつてゐた。

 N原《はら》の出張演習《しゆつちやうえんしふ》は二|週間程《しうかんほど》で過《す》ぎた。我我《われわれ》[#「我我」は底本では「我日」]は日日《にちにち》の劇《はげ》しい演習《えんしふ》に疲《つか》れきつた。そして、六|月《ぐわつ》の下旬《げじゆん》にまたT市《し》の居住地《きよぢうち》に歸營《きえい》した。中根《なかね》の話《はなし》はもうすつかり忘《わす》れられてゐた。中根《なかね》自身《じしん》も相變《あひかは》らず平《ひら》ぺつたい顏《かほ》ににやにや笑《わら》ひを浮《うか》べながら勤務《きんむ》してゐた。
 歸營《きえい》してから三|日目《かめ》の朝《あさ》だつた。中隊教練《ちうたいけうれん》が濟《す》んで一先《ひとま》づ解散《かいさん》すると、分隊長《ぶんたいちやう》の高岡軍曹《たかを
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