かぐんそう》は我々《われわれ》を銃器庫裏《ぢうきこうら》の櫻《さくら》の樹蔭《こかげ》に連《つ》れて行《い》つて、「休《やす》めつ‥‥」と、命令《めいれい》した。私《わたし》はまた何《なに》かの小言《こごと》でも聞《き》くのかと思《おも》つて、軍曹《ぐんそう》の鼻《はな》の下《した》にチヨツピリ生《は》えた口髭《くちひげ》を眺《なが》めてゐた。
「何《なん》でえ、何《なん》でえ‥‥」と、小聲《こごゑ》でいぶかる兵士《へいし》もあつた。
高岡軍曹《たかをかぐんそう》は暫《しばら》くみんなの顏《かほ》を見《み》てゐたが、やがて何時《いつ》ものやうに胸《むね》を張《は》つて、上官《じやうくわん》らしい威嚴《いげん》を見《み》せるやうに一聲《ひとこゑ》高《たか》く咳《せき》をした。
「今日《けふ》貴樣達《きさまたち》を此處《ここ》へ集《あつ》めたのは外《ほか》でもない。この間《あひだ》N原《はら》へ行《ゆ》く途中《とちう》に起《おこ》つた一《ひと》つの出來事《できごと》に對《たい》する己《おれ》の所感《しよかん》を話《はな》して聞《き》かせたいのだ。それは其處《そこ》にゐる中根《なかね》二|等卒《とうそつ》のことだ。貴樣達《きさまたち》も知《し》つとる通《とほ》り中根《なかね》はあの行軍《かうぐん》の途中《とちう》過《あやま》つて川《かは》へ落《お》ちた‥‥」と、軍曹《ぐんそう》はジロりと中根《なかね》を見《み》た。「クスつ‥‥」と、誰《だれ》かが同時《どうじ》に吹《ふ》き出《だ》した。中根《なかね》はあわてて無格好《ぶかくかう》な不動《ふどう》の姿勢《しせい》をとつたが、その顏《かほ》には、それが癖《くせ》の間《ま》の拔《ぬ》けたニヤニヤ笑《わら》ひを浮《うか》べてゐた。――またやられるな‥‥と思《おも》つて、私《わたし》は中根《なかね》のうしろ姿《すがた》を見《み》た。
「然《しか》るに、あの川《かは》は決《けつ》して淺《あさ》くはなかつた。流《なが》れも思《おも》ひの外《ほか》早《はや》かつた。次第《しだい》に依《よ》つては命《いのち》を奪《うば》はれんとも限《かぎ》らなかつた。その危急《ききふ》の際《さい》中根《なかね》はどう云《い》ふ事《こと》をしたか。さあ、みんな聞《き》け、此處《ここ》だ‥‥」と、軍曹《ぐんそう》は詞《ことば》を途切《とぎ》つてドタンと、軍隊
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