具を左手にとつた女は右手の耳かき樣なもので枕元の小鑵からちやうどにかわを少しゆるめたやうな褐色の半液體をすくひ上げて、雁首の表面の小さな孔の邊へぬすりつける。そして、そのぬすりつけた處を豆ランプの火焔にかざして、柄の一端に唇を當てながら劇しく吸ふ。ぽやつと芳ばしい匂ひが鼻先にくる。[#「。」は底本ではなし]女はやがてそれを私に渡して同じやうに吸つてみろと云ふ事を手振口振で示す。無論、私が支那語に全く通じないからだ。
さて、受け取つたのを口に當てて、日本の煙管を吸ふやうな積りで、雁首の孔の處を豆ランプにかざしながら私は三四度ゆつくり吸つてみたと女が駄目だ、もつと激しく吸へとまた手振口振で教へる。これはあとで分つたのだが、ゆつくり吸ふのでは、火焔で煮え立つ半液體が孔をふさいでしまふからなのだ。私は頷いて、ちやうど火吹竹を構へるやうな工合に兩手で柄を握つて、スウツスウツと云ふほどに劇しく吸息を繰り返した。[#「。」は底本ではなし]と、なるほど、今度は孔も塞がらずに、煙草樣の煙が口の中へはひつてくる。が、口ではちよつと云へない特種の強い匂ひは持つてゐるが、それはいい葉卷のやうな嬉しい薫りでもなく、また格別舌に觸れて有難い風味を持つてもゐなかつた。煙草にすれば、十本何錢程度の安煙草の格で、吸つてゐて一向うまくも何ともない。そして、女は三四度半液體の塗り直しをやつてくれて、盛に吸ひつづけてみたが、豫想してゐたやうな快い恍惚状態に達しもせずと云つて、更に催欲的にもならなかつた。
『まづいもんですね、阿片なんて…………』
やがて寢臺から起き上つて苦笑しながら、私は女達と雜談に耽つてゐる友の側へ歩いて行つた。
『そりや君、阿片の味がほんとに分るまでには、二月ぐらゐは苦勞しなけりや駄目なんですよ。』
友は笑ひ返しながら云つた。
[#地付き]――一五・五・六――
底本:「文藝市場」文藝市場社
1926(大正15)年6月1日発行
初出:「文藝市場」文藝市場社
1926(大正15)年6月号
※段組の関係で省略されたと考えられる句点は、注記して補いました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:小林 徹
校正:富田倫生
2004年10月18日作成
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