毒状態にはひつてからは別として、適度の吸飮は非常な催欲手段となるらしい。さう云へば、大概の阿片窟には阿片吸飮を世話する若い女がゐること、日本の徳川時代の或る種の風呂屋の湯女の如く無論その正體は賣笑婦なのだ。[#「。」は底本ではなし]
その阿片を、私は上海でただ一度生れて初めて吸飮してみた。三ヶ月の支那旅行を終つて、いよいよ明日は日本へ歸ると云ふ前夜、向うで知り合つた二三の友人と別宴を交し可成り醉つてゐた處を例の黄苞車《ワンパオツオオ》でぐるぐる引きまはされたあとなのでどこのどう云ふ處にあつたのか覺えてゐないが、とにかく法租界の暗い裏町にある二流どこの阿片窟だ。勿論それは支那の、而も惡の都上海でも御法度の家で、友人の案内を受けながらまつ暗な狹い路次を曲り曲つてやがてはひつたのが私人の宅らしい感じの二階建、如何にも探偵小説めいてゐるが、外からは燈灯さへ見えないその家のまつ暗な中庭から、扉をあけて進み入るとこれもまつ暗なまるで物置のやうながらんとした部屋なのだ。そしてその一隅にある傾斜の急な階段を手探りに登つて、登りついた二階の廊下の扉を開くと電燈のぱつとした、十疊ほどの長い廣間だ。
『入らつしやい…………』
まあさう云つたことで、壁際の支那風の椅子に腰かけてゐた三四人の若い女が立ち上る。何れも前髮を垂らした、日本なら潰し島田とか云ふ風な玄人特有の髮に結ひ上げて模樣のある黒繻子かなんかの上着に、半ズボンをはき、足には刺繍のある支那靴。まがひ翡翠の耳飾りに金鑛金らしい指輪、大概毒々しいほどに唇を染めてゐる。そして、遣手婆格の、極まつて小肥りに肥つた、[#「、」は底本では「。」]慾の深さうな、厚顏に馴れてもう表情の無くなつたとでも云ふやうな婆さんが茶を持つて來たりして、客と女達の間をあつせんするのが常だが、こゝでも無論同樣だつた。
『どう阿片をやつてみませんか?』
友が云つた。
『やつてみませう。』
私はこはごはながら頷いた。[#「。」は底本ではなし]
部屋の一端に支那風の四角な寢臺が置いてある。友に教へられて、私はその上に横になつた。すぐ眼の前に豆ランプ、それを間にして同時に女の一人が向ひ合せに横になる。[#「。」は底本ではなし]そして、私は女の手振をぢつと眺めてゐる。と、ちよつと形の説明に困るが、大福餅ほどの大きさと形を持つた雁首に火吹竹ほどの柄をつけた阿片吸飮
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