それより外に自分の救ひ場がない氣がした。が、私はためらつた。ためらひながら、探るやうにまた女の樣子を眺めた[#「眺めた」は底本では「跳めた」]。と、遁げられては――と云ふ不安に捉はれたらしい女は、急に眼色を鋭くした。そして、つかつかと私の側に舞ひ戻つて來たかと思ふと、ぐいと外套の袖を掴んだ。
「金だけ置いてやらう……」と、咄嗟にさうした苦苦しい決心で自分を鞭打ちながら、私は仕方なく女のあとに續いた。むかむかするやうな氣持だつた。が、扉の内へはいつて、女の指差した壁際の椅子にぐたりと腰を降した時、ほつと氣の弛みを感じた。知らない間に、私の總身は疲れきつてゐたのだつた。
細長い部屋だつた。處處紙の破れた天井から、笠のない、ほこりだらけの電球が此處にも黄色い、乏しい光を投げてゐた。粗末な丸テエブルのまはりに、編目のほぐれたりした椅子が三つ四つ。針金に渡した、みすぼらしいカアテンの奧の方には、寢臺が備へてあるらしかつた。古びた唐草模樣の壁紙の處處はげかかつた四方の壁には、三色版の平凡な風景畫が一つ掛かつてゐるきりで、がらんとした、空氣の冷えきつた部屋の中には裝飾品らしい何物も見えなかつた。女
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